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第91話

「……」 宗一は額を押さえ、伏し目がちに白希を見た。 「あぁ。……分かった」 掠れた声を振り絞り、額を手で押さえる。その姿を見て、雅冬は息をもらした。 「元々、お前らはお互いを知らな過ぎだと思うんだよな」 「はは。そうだな」 「笑いごとじゃないぞ。まぁでも……だからこそ、振り出しに戻るのもアリだと思う。今まで知らなかった部分を知ることができるかもしれないし」 彼なりにフォローを入れてくれてるようだ。それが分かり、宗一はわずかに笑みをこぼした。 白希の身に何が起きているとしても、自分の意志は変わらない。初めて会った時のあの少年のままだとしても、時間をかけて同じ景色を見ていくつもりだ。 「話は変わるけど、その羽澤って奴をもっととっちめなくていいのか。白希に何かした可能性もあるだろ」 「……」 先に白希を連れて帰ることができたから、安心してしまったのは事実だ。 もう白希を道源に会わせたくない。だが問題は彼の弟だ。 白希から聞いたが、弟の大河は文樹の友人らしい。 今は白希のバイト先に休みの連絡を入れてるからいいが、このまま関わらずに過ごすのは難しいだろう。 白希は今のバイトを頑張っているし、何より文樹を大切に想っている。 ……だが文樹に白希が記憶喪失だと伝えれば、彼に大きなショックを与えることになるか……。 「宗一。眉間に皺できるぞ」 「あ、あぁ」 額を指先で押され、慌てて力を抜く。 「雅冬、いつも迷惑かけてすまないな」 「迷惑ではないけど、驚かされてはいる」 雅冬は立ち上がり、今度は寝ている白希の頬を指で押した。しつこくやったことで、彼はゆっくり目を開く。 「白希、俺はもう帰るから」 「ふえ……やっぱり、泊まらないんですか?」 「うん。だから宗一とちゃんとベッドで寝ろよ?」 彼が優しく問いかけると、白希は小さく頷いた。 宗一は白希を抱き起こし、寝室まで連れていく。ベッドに寝かせた後、雅冬の為にタクシーを呼んだ。 「しっかし、お前が仕事に行ってる間大人しく留守番してるかね?」 靴を履き、雅冬は肩を竦めて振り返る。宗一は彼の鞄を手渡し、困ったように笑った。 「確かに、好奇心旺盛だからね。でも縛り過ぎると悪い方に働く気がするし……当面は様子見するよ」 反抗期みたいだなと笑い、雅冬は外へ出た。 「何かあったらすぐ連絡しろよ」 「ありがとう。気をつけて」 軽く手を振り、彼の後ろ姿を見守る。ドアを閉め、深く息をついた。 白希が帰ってきたこと。それだけでも神に感謝しないといけない。 だが自身の至らなさに囚われ、白希の胸中まで読み取ることができない。 夫失格だ。 足音を殺して寝室へ向かう。白希は起きる気配がなかったので、デスクについて静かにダイアリー帳を取り出した。 何だかんだ、戻ってきてから毎晩私の部屋で寝ている。 記憶がなくても、性格が変わっても────根っこの部分は変わってない。 病院で、動揺するおばあさんを見て泣いていた……あれが本当の白希だ。 それにまだ本人も気付いてない。だから涙の理由が分からず困惑していた。 白い紙にペンを滑らし、丁寧に想いを綴っていく。 決して誰にも見せることのない文章。だけど何故か、ずっと昔に書いた便箋を思い出していた。

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