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#7
川南さんの家に住み始めてもう2週間。
本当にたまに戻すことはあるけど、それもほとんどなくなって体重もやっと増えてきた。
元々細身で小食なせいで体重を増やすのが本当にしんどかった。
ただ夜だけがどうしてもひとりじゃ眠れない。
病院からもらった薬もなくなりかけてるのに、すこしも良くなってる気がしない。
川南さんは俺が心配なのか監視したいだけなのか分からないけど、川南さんか瑞希さんどちらかは必ず家にいて俺を一人にしないようにしてるのが最近わかった。
今日は瑞希さんが家にいて、テーブルでカタカタとPCを触っている。
「ねー、瑞希さん。」
「はい、なんでしょう。」
眼鏡を持ち上げてこっちを見た瑞希さんに手招きして、自分の方へ呼ぶ。
ぱたぱたと急ぎ足で近づいてくると俺の前でとまった。
「川南さんって俺の事、大切って言ったんだよね?」
「えぇ、そうおっしゃってましたよ。」
「そのときの言葉、一言一句違わずに言える?」
瑞希さんは自信ありげに もちろんです! と俺の方を見た。
それ言ってみて、と言うと普通に拒否される。
「それはできません。社長本人から聞いてください。
私からお伝えしたら私が怒られちゃいます。」
瑞希さんの前に立って耳元で「どうしても?」と責めるように聞いても瑞希さんは全然動じない。
「言えないものは言えないですよ?」と軽く躱されてしまった。
迫られる方が好きな俺がどうにかできるわけないって知ってたけど。
仕方なくソファーに腰かけて口をとがらせる。
「川南さんに聞けたら苦労してないってー。
毎日一緒に寝てるけどなーんもないんだよ?」
瑞希さんはクスクスとわらうだけで、本当に言うつもりはないらしい。
この2週間の居候生活で瑞希さんとは結構仲良くなって、俺が川南さんが好きなこととか、それを言えずにいることとかを相談した。
自信もっていいですよ、と言ってくれるのは、川南さんの考えを知ったうえで言ってくれているのか、それとも単に応援の気持ちでいっているのか分からない。
瑞希さんだけが俺の気持ちと川南さんの気持ちどちらも知っている。
川南さんも俺の気持ちに気付いてて言わないだけ?
俺は俺でなんとなく、好きでいてくれてるのかな?くらいは思うことはあるけど、自信なんて全くない。
俺の事をこうして住まわせてくれてるのも、金持ち社長の気まぐれにしか思えない。
玄関のドアが開く音がして、瑞希さんは川南さんを出迎えに行く。
川南さんの横につきながら絶えず仕事の話をしていて、そういうところを見ると本当は俺の監視に付き合ってないでちゃんと職場で仕事した方がいいんじゃないかって思う。
「龍樹さん、社長戻られたので私は帰りますね。
また明日。おやすみなさい。」
そう言ったあと瑞希さんは川南さんの耳元でなにか話して帰って行った。
仕事での秘密の話でもあったんだろうか。
席外してくれって言われたらいつでも外すのに。
「おかえり。」
「あぁ、ただいま。龍樹おいで。」
夜中パニックになってるとき以外で おいで って言われたのは久しぶりで、心臓が跳ね上がる。
――さっきの耳打ち、なにか言ったな。
ソファーに座る川南さんの横へ座ると軽々と膝の上へ乗せられる。
「なに、お前俺の事好きなの?」
「……川南さんは?先、教えてよ。」
腰を寄せられて唇が重なる。
この2週間一緒にいてキスすらなかったせいで、はじめてされたときみたいに恥ずかしい。
「分からない?」
「…ちゃんと言葉で言って。」
優しくソファーへ倒されて何度も何度もキスをされる。
こんなことされたら言葉なんかなくたって分かるけど、言葉で聞きたい。
「好きだよ、龍樹。」
「……俺も…好き…。
今顔赤くなってるからみないで…。」
赤くなった顔が見られたくなくて顔が見えないように顔を隠す。
誰かに好きっていうの、こんなに恥ずかしいもんなの?
みんなこんな思いして恋人つくってんの、普通に尊敬する。
――あ、やばい。吐きそう。
「ごめ、川南さん、気持ち悪い……」
川南さんの下から抜けて洗面室へ急いで行くと、戻しながら父親のあの“呪い”が聞こえる。
“誰も汚いお前を好きにならない”
“好きになってもらう価値もない”
“好かれる相手が可哀想だ”
なんで?今の今まで幸せだったじゃん。
ねえ川南さん、俺って汚い?価値ない?
俺に好かれた川南さんは可哀想?
自分でも分かる、これ以上考えたらいけないやつだ。
忘れろと何回思っても父親の言葉は何度も頭の中を繰り返す。
近くで手を握ってくれた川南さんに気付かないまま、意識が飛んだ。
ぼんやりと目を開けてハッとする。意識飛ばしてる場合じゃない。
横で椅子に座りながら手を握る川南さんの手を離そうとすると、川南さんは驚いて目を覚ました。
「目、覚ましたのか…良かった。」
川南さんは俺の手を握りなおして俺の方を向き直すと1回深呼吸をして言う。
「……龍樹お前、父親となにがあった?」
「…は?なに急に。」
シーツを握って俯く。こわくて川南さんの顔が見れない。
父親とのことなんて誰にも話してないのに、なんでこんな急に父親の話が出てくるの?
「俺の目を見ろ龍樹。父親になにをされた?」
「な…なんで、何で川南さんが知ってるの…?
俺のこと調べたの…?」
動揺して声が震える。あんな過去知られたくない。
川南さんにだけは嫌われたくないよ。
「ちがう。お前が自分で言ったんだ。
やめて父さん、俺は母さんじゃない、女じゃないって。」
そんなこと川南さんの口から聞きたくない。
首を横に振って耳を塞ぐ。
塞ぐ手を抑えられてヘッドボードに押し付けられる。
抑えられた手が痛い。話してほしくても力じゃ敵わなくて目を合わせないように視線を逸らすだけで精いっぱいになる。
「俺はお前が何をされたかは知らない。言い方は悪いが興味もない。
でも毎晩起きる前に必ず父親が出てくるのは何でだ?」
「知らない、分かんない…っ!
ね、もういいじゃん、離して!」
あんなに見つめ合いたかった瞳が冷たい。
この人に軽蔑されたくない。父親とのことなんて絶対にバレたくない。
「…言いたくないならそれでいい。
手、ごめんな。煙草吸ってくる。」
小さくため息をついたあと手を離されて、椅子から立ち上がる川南さんの服を掴む。
「やだ、行かないで、嫌いにならないで。
俺のこと見捨てないで…っ」
自分の口からこんな風に縋り付く言葉がすらすらと出てくることに驚く。
でも嘘なんかじゃない。全部本心だ。
川南さんはベッドに座って息を吐くと俺の手を少し握った。
「俺はお前が思ってる以上に、お前のこと大切に思ってるよ。」
優しく微笑む顔。
この顔に俺はずっと隠し事をして生きていくの?
そんなこと俺にできるの?
「…俺が父親からそういうことされたって知っても?」
ぽつりとつぶやいた言葉。
時間にしたら短いと思う。俺にはその沈黙が重くて長い。
待つだけが苦しくて言葉を続けた。
「俺のこと大切って言うんなら受け入れてよ。
俺が父親にヤラれたって聞いてもまだ抱けんの?
きたねぇとかそういうことあんただって思ってんじゃないの?」
こんなの子供のする試し行動とおんなじだ。
わざと言葉を荒っぽくして川南さんを試してる。
川南さんはどんな表情をしてるのか気になって川南さんを見る。
川南さんもこちらを見てはいるけど、表情が読めない。
「なあ龍樹。俺はお前にどんな男に見えてる?」
聞き返す前に強引に口を塞がれて息ができない。
喋ろうにも舌が入ってきて何も話せなくて、抵抗しようと胸を押しても勝てない。
「抱けんのかって?抱けないわけないだろ。」
あぁ俺、ほんと駄目だ。
少し怖いと思ってるのに、こんな強引なところさえ好きだと思ってる。
「川南さん、俺の事恋人にしてよ。
恋人にしてずっと一緒にいてよ…」
「…はぁ?」
俺の胸を舌先で遊んでた川南さんは顔を上げて、怪訝そうな顔をする。
「だって好きだよって、大切っていったじゃん。
恋人として一緒にいさせてよ。」
「いやそうじゃなくて。
俺もう付き合ってるつもりだったんだけど。」
「は、え…?だって付き合ってとかそういうのなかったじゃん。」
川南さんは怪訝そうな顔から一転して子供みたいに笑って、俺の頭をぽんぽんと軽く叩いてから服をなおすとベッドサイドに置いていた煙草に火をつけた。
そういえば知らないうちに煙草を吸いたいって思わなくなってる。
一人のときはあんなに吸ってたのに。
川南さんは煙草を吸い終えるとこっちへ寝転んできて、ちょうど股の間に頭がはまる。
服があるから直接は触れてないけど。
「ねぇそこ、くすぐったいって。」
「んー?くすぐったいんじゃなくて感じるんだろ。
そんでなに、龍樹はお子ちゃまだから
“付き合いませんか”“いいですよ”がなきゃ恋人にはなれないって?」
「…なんか腹立つ言い方。だって俺恋人いたことねーもん。
みんなそういうので恋人になるんじゃないの?」
はは、とまた笑う。
さっきまであんなに張り詰めてたのに、今はこんなにもゆるくて落差で風邪ひきそう。
「じゃあ龍樹、よく聞いてな。
俺と付き合ってくれませんか?」
「…ん、まって恥ずかしい。なんて答えればいい?」
「龍樹が思うようにどうぞ?」
俺の返事を待つ目が光の加減で深緑に光る。
なんて返せばいいか分からなくて川南さんにキスで返事をした。
「ん…、んぅ、ちょ、ちょっと待って…
この体制でべろちゅーしんどいって…」
川南さんが下にいるせいで身体を結構折らないとキスできないのに、舌なんていれられてもまともに対応できない。
「わがまま。」
そういうと起き上がって横に座ると、上に来いと言わんばかりにこっちを見る。
これで行かなかったらどうするんだろうと思って同じように見つめ返していると、おいでと言われた。
俺もしかして川南さんに おいで って言われたいがためにずっと待ってるのかな。
「ねぇ俺のってて重くないの?」
「重くないよ。舐めにくいから服持ってて。」
捲られた服を持たされて小さく喘ぐ。
こういうことが久しぶりすぎて声を出すのも、息を漏らすのも恥ずかしくて嫌だ。
川南さんの手が下半身に触れる。
胸をいじられてる時点で期待して大きくなってたけど、実際触られるとすぐ達してしまいそう。
ゆっくり触るそのスピードがもどかしくて、つい身体を捩る。
「自分で動くなよ。」
「…意地悪な川南さんが悪い。」
「なるほど?久々でも手加減なしでいいってことだな?」
「ちが、そうじゃ…っ、なくて…んんっ…」
下を触られながら胸舐めるのは今の俺には刺激が強い。
あっという間に達したくせに全然収まりそうにない。
川南さんは俺を上に乗せた体制から、俺を押し倒して寝かしたあと少し慣らしてから中に入ってきた。
「龍樹」
「なっ、動き、ながら…っ、呼ばない…で…っ」
手を繋ぎながらキスをする。
こんなこと何回もあったはずなのに、恋人ってだけでなにか特別な感じがして照れくさい。
肩に手を回してキスをするのも、指を絡めて繋ぐのも、いつも余裕そうな川南さんの余裕のなくなる顔が見られるのも俺だけ。
「あっ、やだ、川南さ…っ、もう無理っ
イく、あっ…ちょっ…な、なんで止めんのっ」
「俺の名前覚えてないの?」
「…へっ?秀悟?」
なにこれ、もしかして下の名前で呼んでくれってこと?
はじめて可愛いとこをみて胸がつまりそう。
なんて思ってたらまたイキそうになって可愛いとかそんなことは頭から抜けた。
「……んっ、ぁっ、秀悟…、秀…っ」
川南さんのが奥で吐き出されたのが分かる。
今までは嫌いだったけど川南さんのならいいや。
川南さんは繋がったまま俺に体重をかけて、俺はそれを受け止める。
それが幸せで顔のすぐ横にある川南さんの頬にキスをした。
川南さんが退いて煙草に火をつけたあとこっちを向く。
「お前最近吸ってないな。
可愛い顔に似合わないからいいと思うけど。」
「可愛いって、もう。
煙草ねー、たまには吸いたくなるよ?
でも口寂しいときはあんたがちゅーしてくれるんでしょ?」
うー、とタコの口の真似をすると笑って触れるだけのキスをした。
夜パニックになることが解決したわけじゃない。
でもなんとなくだけど川南さんがいてくれたら良くなる気がする。
川南さんに手を握って強くそう思った。
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