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律と一楓 「ふさわしいのは……」

「じいちゃんが倒れたから今日は休みなんだ」  湊の姿を探していると、律が教えてくれた。  一楓は、複雑な気持ちになりながらも喜びを噛み締めていた。  湊に申し訳ないと思いつつ、律と二人だけで過ごせる昼休みが嬉しくてたまらなかった。  いつものように屋上に行き、お弁当を食べる。  ただそれだけのことなのに、初めて二人だけで出かけた日と同じくらい、一楓の心は弾んでいた。  校内放送で、担任に呼び出されるまでは……。  午前中に移動教室へ向かう途中、一楓はまた貧血を起こして倒れてしまった。  立て続けに意識が消失したことを心配され、必ず病院へ行くようにと、職員室でいい含められていたのだ。  早退して保険医と一緒に病院へ行くことになった一楓は、渋々、たかやし総合病院へと足を運んだ。  一通り検査を受けて受診を終えたると、家まで送ると言った保険医の申し出を断り、憂苦な気持ちで一人バスを待っていた。  焦点の合わない目に、流れる景色を映しながら、保護者に連絡しよつとした保険医を止めた自分は偉い、と思った。  それに、説得しなければまならない相手がもう一人いる。  自分も早退して一緒に行くと言う律を宥めたことは正解だったな、と一楓はそっと呟いた。  医師に保護者はと聞かれ、仕事で不在だと言いきった。  受付で待っていた保険医には、軽い貧血と風邪が重なっただけだと言って退けた。  これらをよく思いついたなと、自分を称賛してやりたくなる。  ポケットの中で握っている紙には、採血結果の一部に印を付けられていた。  そこに、幾つかの病名が走り書きされている。  おまけに要再検査と、赤ペンで書き添えられていた。  一楓はベンチにもたれ、医師の話しを頭の中で反芻させた。  貧血の数値が低すぎるから、検査入院をした方がいいと言われた時、美羽とお金のことが頭をよぎった。  検査や入院なんかすればお金もかかるし、家を空ければきっと美羽は不安になる。  病名を調べようとスマホに一文字入力して、すぐに画面を閉じてしまった。  調べるのが怖い。  医師が書いた中のどれかが、自分に当てはまっていたらと思うと、そのことばかり考えて落ち込む自分が簡単に想像できる。  採血結果を眺めていると、用紙の隅っこに病院の名前が印字されていた。  顔を上げてバス停の名前見ると、停留所の名前も『たかやしき総合病院前』だった。  どうしたって湊の顔が浮かぶ。  心臓に穴が空いたみたいに、胸が苦しくなる。  病院は立派で、医者である両親は偉大な存在だ。  いずれは湊も医者になって跡を継ぐのだろう。  それに比べて、自分はなんてちっぽけな存在なんだ……。  律に沢山のものを与えられるのは湊のような人で、自分は何も与えられない。  このままの自分だと律に相応しくない。  そのうえ、病気にでもなれば、律の横に立つことさえできなくなるかもしれない。  悲観的な思考に囚われてしまうのは、見えない病魔に怯える心と、高校まで律を追いかけてきた湊の気持ちを知っているからだ。  律の顔が見たい。  こんな不安な時は尚更、長くて綺麗な手で髪を()いてもらいたい。  一旦そう思ってしまうと寂しさが溢れ、鼻の奥がツンと痛くなる。  バスが近付く音を聞きながら、検査結果にもう一度目を向けた。  羅列した数値が滲んで見え、一楓は目頭を拭うと、ポケットの中へと突っ込み、バスへと乗り込んだ。

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