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律と一楓 「千歳」
汗まみれのユニフォームを鞄へ突っ込み、制服のボタンをはめながら、湊は猛ダッシュで弓道場へと向かった。
くそっ、帰りに律と一緒にラーメンでも食おうと思ってたのに、こんな日に限って練習試合に負けるから反省会が長引いたじゃねーか。
今日の昼休み、一楓の前でわざと部活帰りに一緒に帰ろうと律に言った。
毎日、ちまちまとコンビニでバイトしてても、大した額は稼げないだろう。
ましてや高校生、時給は底辺だ。
けれど一楓のことを、そんな風に思っているなんて律の前では言えない。
それに律も裕福な方ではない。
母子家庭だから、大体の想像はつく。
本当は毎日一緒に帰って、帰りに飯食ったり買い物とかしたいけれど、律の財布を想像するとそれもはばかれる。
でも、今日は誘いに乗ってくれそうな予感がした。
だが、それは誰もいなくなっている弓道場を見て、自分の勘が冴えてなかったことを知った。
乱れた制服で息を荒げている自分が馬鹿みたいに思えた。
約束したと思っていたのは自分だけだったと、腹も立った。
律のことが好きすぎて、憎らしい。
俺がいないと、ダメな男にしてやりたい。
靴底に不機嫌さを馴染ませながら歩いていると、「みーなーと!」と、威勢のいい声で呼ばれた。
声の主を浮かべながら振り返り、「久しぶりだな、|千歳《ちとせ》」と、頼れる名前を口にして、頬が自然と緩んだ。
落ち込んだときも、寂しいときも千歳の顔を見ると元気になれる。
それは子どものころから変わらない。
湊にとって千歳は、姉のように優しく頼もしい大切な存在だ。
「元気だった、湊。二年になってから初じゃない? 会うのって」
息を切らして駆け寄る千歳を、湊は笑顔で迎えた。
「だな。お前は部活か? 相変わらずのへっぽこバレー」
肩を並べながら歩き、湊の腕に自然と手を絡ませる千歳が、顔いっぱいに疲弊を表している。
「さっき終わったー。もうヘトヘト。でも二年になったから、やっと球拾いから解放されたんだ。これで心置きなくレギュラー目指せる──ってか、へっぽこって何よ」
シューズケースをブンっと空に投げ、片手で器用にキャッチし、千歳がニッと白い歯を見せた。
「お前な、俺がゲイだって知ってるからって、気軽に腕組んでくるなよ」
「いいじゃない、湊は弟みたいなもんだし。幼馴染みの特権よ。あ、もしかして照れてる? かわいーね、湊」
「はあ? バッカじゃないの、お前。バレーボール頭に当たってアホになれ」
「あはは、ひっどいなぁ。でもあながち間違いではないんだ、今日当たったんだよねー」
額を労わりながら、千歳がぶつけたことをアピールしている。
「やっぱり。だからアホになったんだ。そんなんじゃいつまで経っても彼氏なんてできないぞ」
道路側にいた千歳を庇いながら、湊は本気で活発な幼馴染を心配した。
「あれ、心配してくれてる? さすが十年以上の仲だわ。でも大丈夫、高校の間はバレー一筋ですから。男は湊だけで十分」
「何だそれ。オバはんになって、まだひとりでも俺は嫁に貰わないからな」
「そんなこと言って、湊が優しいの私知ってるんだから。小さい時なんて苛めっ子を撃退してくれたこともあったしさ」
無邪気に笑う千歳の頭をくしゃりと撫で、「バーカ」と言う。
気心しれた心地いい距離感に、落ちていた湊の心は少し癒されていた。
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