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律(と一楓)「慰め」
「あ、起きた?」
朦朧とした意識の中、聞き覚えのない男の声が聞こえた。ゆっくり瞼を開けると、律は薄闇に浮かぶ天井をぼんやりと見上げた。
体を動かそうとしたけれど、腹部に鈍痛を感じて思うように動かない。
おまけに、頭も目も膜が張ったようでクリアにならず、鈍い思考でここがどこなのか考えようとした。
けれど、気力をなくした心は既に投げやりになって、考えることを放棄している。
一楓を失った自分には、明日もなければ、脅かすものは何もなかった。
辺りを見渡して部屋の主人を探そうとしたら、「水飲む?」と、さっきと同じ声がした。
仄暗い空間にペットボトルが浮かびあがり、その先に見えた手を辿ると、窓際に座る男がこちらを見ている。
肘をついて起きあがろうとしたら、腹部だけではなく、肩や背中にも痛みが走った。
「大丈夫かい?」と、心配そうに見下ろす顔は、冴えた光を放つ月を背にしているせいで顔が影になり、どんな表情をしているのかよく見えない。
目を凝らすと、こめかみにキリリと痛みが走り、律は痛んだ箇所に触れようと顔に手をやった。
指先に布のようなものが触れ、手探りで確かめるとガーゼのらしきものがテープで止めてある。
今度は両手で自分の顔を、ペタペタ触ると、唇の横や目尻に絆創膏が貼ってあった。
手の甲にも同じように治療の跡があり、男が手当をしてくれたんだとわかる。
「ここは俺の部屋。君、あんなとこで何してたんだ? 川までは五メートルくらいあるんだ、浅くても岩に頭をぶつければ死んじゃうよ。顔だってせっかくの男前なのに傷だらけでさ……」
男が缶ビールをゴクリと流し込むと、律の手へと強引にペットボトルを握らせた。
「……何で邪魔したん──」
男は律の声を遮るよう、ビールの缶をわざと音をたててテーブルの上に置いた。
「俺は、門叶 。君は?」
呑気に自己紹介され、律は無言のまま上目遣いで男──門叶を睨みつけた。
月明かりから前のめりになり、門叶が肩で溜息を吐くと、まぁいいか、と言って窓枠から腰を上げた。
「なあ、お腹減ってない? 俺さっき仕事終わったばっかで腹減ってるんだ。ラーメン作るから一緒に食べよう」
門叶の言葉に返事もせず、ベッドから起き上がり、立ち上がった途端、急に視界が歪んで倒れそうになった。
足に力が入らず、踏ん張れない体を門叶が抱き止めてくれた。
「君、熱あるじゃないか? 体が熱い」
額に当てようとする手を払い除けた。けれど、その動作でまた目眩がした。一人で立っていられなくなった律を、門叶の腕が掬うように抱き締めた。門叶が自身の右肩を律の胸に差し入れると、同時に足を後ろに払われて柔道の技のように軽々と背負われた。
ショックと熱で三半規管が乱れた律の耳に、「泊まってけばいいよ」と、聞こえた。
強引にベッドへ再び戻されると、子どもを寝かしつけるように胸元を優しく叩かれた。
心地いい振動が眠りを誘い、リズミカルな揺れは律が深い眠りにつくまで続いていた。
****
寝返りを打った律の手に、温かい肌が触れた。
暗闇の中で手探りをして見つけた手を握り締めると、微睡みの中ですぐそばにある肩に顔を摺り寄せた。
一瞬、ピクリと強張った気配を感じたから、律そっと目の前の体に腕を回した。
「一楓……お前、ちゃんといたんだな。よかった……」
愛しい柔肌を撫でると、離れないように掴んだ手を強く握り締めた。
「もうどこへも、行くなよ。いぶき……」
薄い肩へと愛撫するかのように、手のひらを何度も滑らせる。
すると、次第に強張りは解けてきたのか、隣り合う体の体温が上昇したのが伝わってきた。
一楓も自分を求めてくれている──確かにそう感じたのに、なぜか離れて行こうとするから、慌てて柔肌を追いかけた。
雲が月を隠した闇の中で、横に眠る肩を彷徨うように掴むと、ゆっくりと自分の方へと振り向かせる。
向かい合う顔に触れようと、指を伸ばしたけれど、また離れていこうとしたから涙が溢れた。
「いぶ……き。いかな……いでくれ……」
早く自分の腕の中で抱き締めたくて、無意識に泣いていた。
同じベッドにいるのに、再び距離を取られてしまい、律の涙は次から次へとあふれ、離れないで、と必死で懇願した。
そこにある気配だけを頼りに手を差し伸べてみる。
もう一度、華奢な体を探すと、細い腕を見つけてそのまま指先まで自身の手を滑らせた。折れそうな指を確かめるようにふれたあと、自分の指を絡ませて口元に運んだ。
壊れものを扱うように引き寄せると、そっと口付けをする。
温かい、生きている。
一楓は生きている。よかった……。
暗闇の中で向かい合い、律は虚ろな思考で目の前の頬を両手でそっと包んでみた。
そのまま小さな後頭部へと手を移動させると、力を込めて自分の方へと顔を近付けさせた。
鼻頭同士を擦り合わせ、すぐ側で溢れる甘い吐息を味わう。
柔らかな唇を見つけると、指で撫でたあと、そっと唇を重ねた。
一瞬、抵抗するように体を身じろがれても、渇望していた想いは止められず、強引に近付けると滴るような甘さを味わった。
蜜を舐めとるように、律は何度も何度も桜唇を啄んだ。
小さな皮膚の温もりが唇で感じとると、また涙が溢れた。
手を滑らせて体の輪郭を確かめると、手探りでシャツのボタンを一つずつ外した。
まさぐる律の手は何度も払い除けられたけれど、その度に、一楓への想いを口にした。
好きだ、愛している……と。
繰り返し囁く言葉の間に、ごめん……の言葉も耳元に打ち明けた。
一楓がまた背中を向けたことが悲しくて、小さな子どものように泣きじゃくってしまった。
自分が邪険にされるのは、一楓を助けることができなかったからか。それとも亮介から守れなかったからなのか。
背中を向けられても、律はそこへ縋るようにごめん、と言いながら泣き続けた。
ベッドの端まで逃げていた体が身動 ぐと、向きを変え、律へと近づきジッと見つめらている気配がする。
月明かりのない、墨を落としたような部屋の中で、二人は向き合うと、たまらなくなって律は腕を掴んだ。
強引に自分のもとへ引き寄せると、細い体を思いっきり抱き締めた。
また抵抗されるかと怖かったけれど、一楓が指を絡ませてくれて、ホッとした。
自分を受け入れてくれたと舞い上がり、律は夢中で口付けをした。
途中まで外していたボタンを全てほどき、シャツをかき分けると、暗い部屋に浮かぶ白い肌に唇を落とした。
首筋、鎖骨と、下降させると、小さな突起を見つけて唇で喰んだ。
刺激に弱い小さな器官は、律が責めるほど尖っていく。
反対の粒を口で、もう反対は親指と人差し指でこねると、潰れるギリギリを攻めて快楽を引き出そうとした。
反応した背中が弓のようにしなり、甘い声が漏れる。
律はもっと聴きたくて、今度は激しく吸い上げ、指でギュッと摘んだ。
わざと水音をさせていると、一楓の股間にあるモノが、ゆっくりともたげてくる。
律はそろそろと下へ手を伸ばし、硬くそそり立つ一楓のモノをそっと掴んだ。
そのまま上下に扱き上げると、蜜熟した声がどんどん溢れ出す。
興奮で頭の中が痺れると、一楓の頬に手を添えて深い口付けを落とした。
何度も角度を変えて、舌を絡め取った。
口腔内で逃げる舌を自身の舌で追いかけると、一楓の小さな肉片も応えるように、舌を動かしてくれる。
それがたまらなくて、熟れた乳首を摘み、一楓のモノを激しく扱いた。
「あぁっ、うっくぅ、イぃ、気持ち……いぃ」
ようやく甘い声が放たれると、忙しなく下着ごとズボンを下ろして、全てを脱ぎさった。
素肌同士を重ねると、心臓の音が激しく鳴っているのがわかる。
その音はどちらから発しているものなのか。
熱を帯びて呼応していることはお互いにもわかっているはずだった。
潤滑剤を探す時間も惜しい。
律はゆっくり顔を下半身へ下げると、一楓のモノを口に含んだ。
激しく舐めては吸い、先端の鈴口に舌を差し込んで、快楽を引き出そうとする。
根本をしっかり掴み、口淫と同時に手のひらでも一楓を追い詰めた。
「あ……、ダメ……だ。そんなに、した、ら。もぅ、イくぅ。イく、イク──」
一楓のモノは律の口の中で果ててしまい、放出した白濁を律は手のひらで受け止めると、一楓の小さな窄まりへと付着させた。
粘着質な音をわざとさせ、固く閉じた窄まりをじわじわとこじ開けていく。
指を抽挿させる度に、細い腰が跳ね上がる。指を増やす度に、淫らな声が部屋中を満たしていく。
「ごめん、一楓、もうお前の中に入れてくれ」
律が宣言すると同時に、そそり立った先端を小さな窄まりへあてがう。
細腰を両手で掴み、グッと前に向かって力を入れて進める。
「あぁっ! はぁぅん……」
脳を痺れさせる甘い声を耳にすると、律動の動きは激しさを増した。
肌と肌がぶつかる艶かしい音で自分を煽情するように、一楓が二度と離れて行かないように、律は泣きながら一楓を欲した。
「い、一楓、いぶき、好きだ、どこへも行かないで……くれっ。俺を……ひとりにしな、いで、くれ……」
祈りのような切ない言葉を口にした途端、吹きこぼれるように、律は性を放った。
体中汗まみれになり、頭の中が真っ白になる。
一楓の中から出たくないと、律のモノはまだ硬さを保ち、どくどくと熱い滴りを一楓の中へと注いでいった。
まだ終わりたくない。
まだ一楓に包まれていたい。
それなのに体は焼けるように熱く、意識が朦朧としてきた。
暗闇の世界が歪んだ瞬間、律はそのまま意識を失ってしまった。
一楓、一楓……。ずっと一緒だ。
もう、離れな……
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