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糸峰
千歳と電話で口論していたこと、加えて湊や女生徒の証言。
そして、協力を願っても、忙しいと尽く警察を避け続ける。
それらの理由から糸峰を不審に思った門叶と錦戸は、彼女を監視対象とした。
監視は今日で三日目だった。
だが特に怪しい所もなく、誰とも群れることもせず、大学が終わるといつも一人で帰宅している。
今日もイヤホンを耳にし、足取り軽く門叶達の前を鼻歌まじりに歩いていた。
パーカーにジーンズ姿の門叶の少し後ろには、少年野球の指導者ばりに、ジャージ姿が様になる錦戸が歩行者を装って歩いていた。
肩越しにチラリと振り向いた門叶は、また吹き出しそうになった。
その格好似合いますね、と会うなり言ってひと睨みされても、勝手に笑いが込み上がってくる。
門叶はニヤける口元を手で覆い、糸峰の背中に目を向けた。
すると、自宅とは反対の通りを曲がって行く。
大通りを抜け、車がギリギリすれ違えるほどの道幅しかない裏通りを軽快に歩いている。
閑静な住宅街で、店など全くなく、人通りの少ない場所に、一体何の用があるというのだろうか。
不意に糸峰が立ち止まると、門叶達も物陰にスッと身を潜める。
慎重に動向を窺っていると、通りに面して建つビルのエントランスに足を踏み入れ、糸峰が中へと入って行った。
門叶は建物の前を通り過ぎると踵を返し、トランクルームと書かれた看板を横目に、ビルの前を通り過ぎた。
コンテナ式とは違う、屋内型になっているタイプの物置だ。
「大学生がこんなの借りて何に使うんだ……」
入り口はガラス張りになっており、扉越しに糸峰が慣れた手付きでセキュリティーを解除している。
軽やかな足取りで、奥から三番目の部屋へと入って行くのが伺える。
入り口の天井を見上げていた錦戸が防犯カメラを指差すと、門叶は頷いてスマホを手にその場を離れた。
****
「これが、おしゃってるウチの三号店の防犯カメラです。でも一ヶ月前からの映像しか残ってませんよ、都度、上書きしてますからね」
管理会社のスタッフがパソコンを操作し、全部屋に面する廊下を画面に映し出してくれた。
門叶はコマ送りにしながら、目を酷使する作業を続けていると、糸峰の姿を画面に見つけて錦戸と目を合わせた。
奥から三番目のドアを開ける糸峰が、箱を抱えながら中へ入って行こうとしている。
「キドさん、日付を見て下さい。遺体が発見された日ですよ、時間はその前の十六時……」
声をひそめて錦戸へ耳打ちした後、門叶は映像を借りれるようスタッフに声をかけた。
「結構ですよ──あれ? 刑事さん達ってこの女の子の事調べてたんですか?」
一時停止されている映像を覗き込んだスタッフが言った。
「え? 彼女が分かるんですか?」
「ええ。随分前から彼女にはお貸ししてましたが、少し前に……ああ、そうこの日付の朝だったかな、部屋を交換して欲しいって突然言われたんで」
「部屋の交換? それはよくあることなんですか?」
錦戸が問いかける。
「いやー、ウチではあまりないですね。だから覚えてたんですよ」
「何か変更の理由を彼女は言ってましたか?」
手帳を取り出すと、門叶はスタッフに詰め寄った。
「ええ、コンセントのある部屋に変えてくれと。ウチ、電源が使える部屋とない部屋があるんです。付いてると割高なんですよ」
「電源……急に電源が必要になったのか。でも、何のために……」
暫く二人は無言で、停止したままの糸峰を見つめていた。
門叶は糸峰の表情から全身、そして手にしている箱までを注視した。
以前に記憶していたものと比較するように。
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