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相棒

「申し訳ありません……でした」  会議室に呼び出された門叶は、血の熱さが分かるほど頭を深々と下げ続けた。  配属したばかりの頃にも失敗して陳謝することはあったが、今回の落ち度はこれまでの比ではない。  刑事失格に値することだ。  そう思えば思うほど、頭は床へ目掛けて下がる一方だった。 「東郷にあんな真似をさせるなんて、お前らしくないな」  口調は柔らかいが錦戸の眼光は光り、ピリリと叱責が背中に突き刺さる。  錦戸に合わせる顔がなかった。  上司に恥を欠かせたのだから。 「本当にすいません……でした」  下げた頭が門叶の忸怩(じくじ)たる思いを表し、胸ポケットの警察手帳に手を伸ばそうとした。 「奴に何か言われたのか?」  錦戸の一言に門叶の指先は止まり、心臓がドクンと高鳴る。 「あ、いえ、その……」 「……復讐のためとは言え、自分のしたことは許せない──。だから死ぬつもりだったと、東郷は病院で言っていたらしいぞ」  錦戸が口にした言葉の意味が分からず、門叶は顔をゆっくりもたげた。 「此本さんに手をかけ、彼女の母親を自分と同じように一人にしてしまった。それが許せないからと、命で償おうとしたらしい」  二人きりの家族が一人欠ける寂しさを、東郷は誰よりも理解していた。  それなのに千歳を殺害し、彼女の母を自分と同じ、孤独な人間にしてしまったのだ。  だからと言って、命で命を償うのは間違っている。  そんなことをしても、千歳は母親のもとに帰ることできないのだから。 「で、何を言われた」  再び質問に戻され、錦戸の顔をコマ送りに見上げながら門叶は「東郷に……」と、ゆっくり吐き出した。 「……彼に『背中が怖いのか』と、言われ……ました」 「そうか」 「はい……」 「それで動揺したのか」 「……情けないです。まさか、背後恐怖症のことをやつが知っていたとは……」  悔しさに耐えながら唇を噛む門叶は、封印した記憶の中の酸鼻を思い出した。  目を硬く閉じて恐怖を知った瞬間が、まざまざと蘇る。  もう、眉や目は覚えていない。  ただ、狂ったように舞う桜吹雪の中で、薄笑いする口元と荒い息遣いだけがこびりついている。  背中に感じた重みが、大人になった門叶をいまだに苦しめていた。 「忘れろと言うのは無理だろう。性被害を受けたら一生それを抱えて生きて行く。それは苦しいことだ。けど克服する努力はしろ。お前を襲った奴は、もうこの世にはいないんだ」  錦戸の心強い言葉を聞くのはこれで二度目だった。  手で顔を覆うと、闇の中に優しい顔をした仲間が豹変し、厭らしか笑う顔が瞼の裏に浮かぶ。  相手の心が思い通りにならず、一生消えない傷を無理やり門叶につけた。その挙句、身勝手に命を絶った、かつての仲間。  顔を忘れても、触れられた手の感触や、強引に身体を貪られたことははっきり覚えている。 「自分ではもう、平気だと思ってます。でも、背中だけはあの時のあいつを覚えているんです。背後から襲って口を押さえられた時の記憶が……」  この世の終わりみたいに憂苦な表情を浮かべていると、突如背中に衝撃を受けた。 「痛った! キドさん何する──」 「邪気避けだ」  さっきまでの厳しい目つきとは打って変わり、柔和な顔がそこにあった。 「何ですかそれ。俺が幽霊にでも取り憑かれたと──」 「ああ、それだ。今俺が祓ってやったからどっか行っちまっただろ」  惚けた顔で言う錦戸に、また背中を叩かれた。   二度目の折檻は、ほんのり優しさがこもっているように感じた。 「……キドさんの手でお祓いになるんですか」 「俺の守護霊は霊式が高い」  冗談なのか本気なのか、錦戸が目尻を下げている。  その表情は門叶の記憶を和らげる、昔見た制服警官の顔と同じ、優しい眼差しをしていた。 「キドさん……あの」 「始末書、書いとけよ」  もう一度背中に激励を受けると、泣きそうになる感情を押し殺し、自分を律するように門叶は敬礼をした。

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