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第8話

 俺を「お姫様だっこ」したまま大学の構内を駆け抜け、駐車場までやってきた総一郎さまは、俺を車の後部座席に押し込めると自分は運転席に乗り込んだ。車は滑らかかつ性急に走り出す。 「総一郎さまって運転もできたんですね……」 「もちろんだ!」  ハンドルを握る総一郎さまは上機嫌だけど、俺はつい唇が尖ってしまう。二十四にもなって横抱きにされて運ばれたというのが恥ずかしくて堪らないのだ。大学の構内には人がたくさんいた。きっと今ごろ噂になっていることだろう。 「……で、どこに向かってるんですか?」  俺の勘違いじゃなければ、車は西園寺家とは反対方向に向かっている。 「ラブホテルだ!」 「……っら、ら、らぶほてる⁉」  素っ頓狂な声を上げた俺を、総一郎さまがルームミラー越しにきょとんと見た。 「二人きりになれるところに行こうと言っただろう?」  呆気に取られて言葉が出ない。確かに二人きりにはなれるけど……なんというか、もっと情緒とかムードとかいうものはないのだろうか。  総一郎さまの運転する車は大通りをしばらく走り、国道に面したビジネスホテルのような佇まいの建物に入っていった。駐車場に車を止め、俺を後部座席から下ろすと、総一郎さまは俺の手ぐいぐい引っ張りながら小走りでラブホテルの入口に向かう。 「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! 何も走らなくても!」 「早く二人きりになりたいんだ」  色っぽい流し目でこう言われてしまったら、もちろん俺に抗うすべはない。  幸いフロントには人の姿はなく、総一郎さまは超特急で部屋を選ぶと、俺をあっというまに部屋まで連れて行った。  そしてドアを開け部屋に入った途端、俺はまた総一郎さまの腕に捕らわれた。  後頭部を大きな手のひらで抑えられ、熱烈に口づけされる。俺は慌てて総一郎さまの胸を押した。 「……っ、んっ、……はぁ、ちょ、待って!」  キスを止められた総一郎さまが不満げに眉を顰める。 「ん? なんだろうか?」 「なんだろうか? じゃないです! ちゃんと話をしたいんですけど!」  俺がそう言うと、総一郎さまはしぶしぶといった感じで頷いた。弾む息を整え、向かい合った総一郎さまの顔を見上げる。 「俺と|鴫野《しぎの》さんの話、どこから聞いてました?」 「『あんあん』がどうとかいうあたりからだな」  結構最初からだ。恥ずかしくなって視線を逸らせると、総一郎さまの手が顔に伸びてきた。俺の頬を撫でて優しく微笑む。 「俺とセックスしたいと言っている君を見て、堪らなくなった。君は女性のように胸もおしりもないと言っていたが、俺にとって君の身体以上に魅力的なものはないよ。女だからとか男だからとかというのではなく、木島和希という人間だからこそ、興奮するし触れたいと思うんだ」 「俺も……、あなたとだからセックスしたい。あなたと肌を合わせられるなら、ウケでもなんでもいいんです」  総一郎さまが驚いたように目を瞬いた。 「でも君、俺を抱きたいんじゃないのか? だって前に……」 「違います。あのときは男同士のセックスの仕方がわからなかった。でも今は勉強したのでちゃんとわかっています。お、俺に入れてください」  総一郎さまが静かに息を呑む。 「セックスのことを真剣に考えるようになるまでは、男同士がこんなに難しいんだってわかりませんでした。俺たちの関係はどこか不自然なんじゃないかって気持ちが消えなかった。それに総一郎さまは素敵な人だから、いつか女性に取られてしまうんじゃないかって不安だったんです。だから俺、あなたに抱いてもらえる体になろうと思って……」 「もしかして最近様子がおかしかったのは、それが原因だったのか?」 「はい……。すみません、そんな情けないことをあなたに話せなかった。でも、やっといまわかったんです。どんなに不自然でも、たとえ間違っていたとしても、そんなことどうでもいいんです。俺はどうしてもあなたとセックスしたい。裸で抱き合いたい。だって、あなたのことが大好きだから」  俺はまっすぐに総一郎さまを見つめた。彼の瞳が静かに潤んで、細かく揺れる。 「……俺も」 「え」 「俺も同じことを考えて、同じように不安になっていた。君はとても魅力的な人だし、引く手あまただ。本当に俺なんかに縛り付けておいていいのかわからなくなった。女性と付き合うほうが自然だしきっと君のためになるだろうと思った。でも……。それでも俺は、どうしても君から離れられない」 「そ……総一郎さま」 「すまない、俺は怖気付いていた。和希はとっくに覚悟を決めてくれていたというのに」  総一郎さまがおいで、と両手を広げる。俺は迷わず飛び込んだ。 「総一郎さま、好きです。大好きです」  彼のたくましい胸元に鼻をこすりつけながら、何度もそう繰り返した。総一郎さまはそのたびに同じ言葉を返してくれて、俺もまた同じ言葉を繰り返す。  好き。  大好きだ。  大好きです。  俺にとって、俺たち二人にとってそれが答えだ。それ以外に理由などいらない。

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