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「高収入の、人気俳優が。タクシー代やドライバー代をケチって、自力で移動とは、ね」  隼人を小馬鹿にしたような、紫織の言い草だ。  別に、ケチっているつもりは無い。 (ただ、その予算があれば、自分をもっと磨きたいと考えているだけなのにな)  ボイストレーニングや、ジムでの体力づくり、外国語の勉強、などだ。  ライターには、俳優の経済観念は理解できないと見える。 「私は、運転が好きなんですよ」  隼人は反論せず、短く答えるだけにとどめた。  行きましょう、行きましょう、と紫織をドアの方へ促した。  本多の怒りが、爆発寸前なのだ。  我慢の限界が来る前に、紫織を彼の視界から消したい隼人だった。 「じゃあ、私物をロッカーから取ってきます」 「ここで、待っていますよ」  応接室を出て、ロッカールームへ向かう紫織の姿が、角を曲がって見えなくなった。  その途端、本多が隼人の腕にすがって来た。 「桐生さん! 本当に、すみません! 申し訳ございません!」 「いや、お気になさらず。後で彼を、叱らないでくださいよ?」 「厳罰に処すつもりです!」 「やめてください。今時、珍しいじゃないですか。あんなに尖った若い人は」  隼人の口調は、変わらず穏やかだった。

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