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「いい匂いだ。比呂くん、もう肉を焼いてるのか?」 「笹山さんが、先に来てるよ。待ちきれなくて、始めちゃったのかな?」  そんな言葉を交わしながら、紫織の先を歩く隼人と比呂だ。  二人の後に続きながら、紫織は頭をフル回転させていた。 (彼らは『比呂くん』『隼人さん』という具合に、姓ではなく、名で呼び合っている)  親密度は、高いと見える。  冷静に二人を観察していた紫織だったが、リビングへ足を踏み入れると思考を乱された。 「やあ、桐生さん! お招き、ありがとう!」  すでに部屋中に、すき焼きの香りが充満し、さらにアルコール臭までする。  酔って顔を赤くした笹山が、肉を頬張りながら、グラス片手にご機嫌な様子だ。 「笹山さん、もう出来上がってるんですか?」 「桐生さんも、飲んでよ! 純米大吟醸、おみやげに持ってきたんだから!」  おみやげ、と言いながら、笹山が掲げて見せた720mlの四合瓶は、三分の一ほど減っている。  美味しい肉と、美味しい酒を楽しんでいた、笹山。  しかし、隼人の後ろに立っている紫織の姿を見て、一瞬だけ真顔になった。 (吉永 紫織だ!)  酔っぱらいだが敏腕マネージャーの笹山は、紫織が出版社のライターであることを、知っていた。  そして、彼の履歴も覚えていた。

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