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「むにゃ……。うにゃ、うにゃ……」
まどろみの中、比呂は幸福だった。
『私は、ネコの比呂くんも大好きだよ』
『どこにも、行かないで。ずっと、私の傍にいてくれ』
醜いサビ猫の僕に、手を差し伸べてくれた、隼人さん。
『何だか今夜は、比呂くんに思いきり甘えたいんだ』
『比呂くんに、心の傷を癒して欲しいんだ』
僕を、必要としてくれた、隼人さん。
『好きだ。比呂くんを愛しているという気持ちを胸に、君と一つになりたい』
『ちゃんと愛する人として、比呂くんと一つになりたいんだ』
そして、心から僕を愛してくれた、隼人さん。
「むふ。んふ、むふ。うにゃにゃ……」
かつて比呂は、財閥の中枢、軍部の高官などの屋敷で使用人として働いた。
そして主人に見初められ、身も心も尽くして彼らを愛した。
だが彼らにとってそれは所詮、使用人との遊び。
比呂からの愛情に、真心で応える者はいなかった。
「でも、今度は。今度こそは、片思いじゃないよ。一方通行の愛じゃ、ないよ……」
幸せな独り言をつぶやくうちに、比呂の思考は覚めてきた。
そして。
「何をブツブツ言いながら、寝坊してるんだか」
この声は……隼人さん……?
「隼人さん、じゃない!」
がばりと起きると、比呂の体はソファの上だ。
温かな毛布が掛けられ、目線の先のリビングテーブルには、朝食が用意してある。
「え!? あ!? は、隼人さんは!?」
「とっくに出かけたみたいだぞ。使えないハウスキーパーだな、お前は」
さらに、傍に立っているのは、あの毒舌猫又の紫織だった。
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