90 / 229

5

「むにゃ……。うにゃ、うにゃ……」  まどろみの中、比呂は幸福だった。 『私は、ネコの比呂くんも大好きだよ』 『どこにも、行かないで。ずっと、私の傍にいてくれ』  醜いサビ猫の僕に、手を差し伸べてくれた、隼人さん。   『何だか今夜は、比呂くんに思いきり甘えたいんだ』 『比呂くんに、心の傷を癒して欲しいんだ』  僕を、必要としてくれた、隼人さん。 『好きだ。比呂くんを愛しているという気持ちを胸に、君と一つになりたい』 『ちゃんと愛する人として、比呂くんと一つになりたいんだ』  そして、心から僕を愛してくれた、隼人さん。 「むふ。んふ、むふ。うにゃにゃ……」  かつて比呂は、財閥の中枢、軍部の高官などの屋敷で使用人として働いた。  そして主人に見初められ、身も心も尽くして彼らを愛した。  だが彼らにとってそれは所詮、使用人との遊び。  比呂からの愛情に、真心で応える者はいなかった。 「でも、今度は。今度こそは、片思いじゃないよ。一方通行の愛じゃ、ないよ……」  幸せな独り言をつぶやくうちに、比呂の思考は覚めてきた。  そして。 「何をブツブツ言いながら、寝坊してるんだか」  この声は……隼人さん……? 「隼人さん、じゃない!」  がばりと起きると、比呂の体はソファの上だ。  温かな毛布が掛けられ、目線の先のリビングテーブルには、朝食が用意してある。 「え!? あ!? は、隼人さんは!?」 「とっくに出かけたみたいだぞ。使えないハウスキーパーだな、お前は」  さらに、傍に立っているのは、あの毒舌猫又の紫織だった。

ともだちにシェアしよう!