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「いいね、桐生さん! そのままで、視線だけこっちに!」
カメラマンが、ご機嫌で隼人に指示を飛ばす。
隼人は、そんな様々な要求に、自然と応えている。
アイドルグループが歌う、ポップな曲に乗って、スプリングコートをひらめかせる。
夢中でシャッターを切るカメラマンに、傍に立つ助手がそっと話しかけた。
「先生。何だか今日の桐生さん、ノリノリですね」
「そうね! 良いわね! 良いわよ、桐生さん!」
朗らかで、軽やかで。
それでいて、内に太陽のような輝きを秘めている。
今の隼人を、カメラマンも、そう捉えていた。
(ホントに。どうしちゃったのかしら、桐生さん)
まるで、素敵な恋でもしているみたい。
今日は、春の特集に使う写真を撮る。
だからBGMも、若いアイドルが歌うポップスを用意した。
ファッションも、いつもの『桐生 隼人』が着そうにない、カジュアルなものを選んだ。
(拒否られるか、とも思ったんだけど……)
だが目の前には、ポップスに乗り、カジュアルを着こなす隼人がいる。
ステップを踏み、陽気にダンスを踊る隼人がいるのだ。
撮影は順調に運び、スタジオには一足早い春が訪れたかのようだった。
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