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墓参りを終え、達夫宅へ帰った隼人たちは、お茶など飲んで疲れを癒していた。
そんな時、ふと達夫が紫織に訊ねたのだ。
「私がなぜ、戦後間もない時期の話をしたがらないか、解るかな?」
「えっ?」
その質問は、紫織にとっては全くの不意打ちだった。
英介の眠る墓前で手を合わせ、奇妙な達成感を覚えていた彼の心に、波紋を作った。
答えを待たずに、達夫は続けた。
「私の父も、戦地での話は、ほとんどしなかったよ」
激戦地へ送られ、悲惨な体験をした英介だ。
晩年には、平和を次世代へ繋ぐために、語り部になって欲しい、との依頼が来た。
しかし英介は、それを柔らかく断り、活動には参加しなかった。
比呂は湯呑を両手で持って、指先を温めながら、ぽつりと言った。
「僕、解る気がする。ひどい目に遭った記憶を口にすると、とっても辛いもん」
その言葉に、紫織は息を飲んだ。
達夫を見ると、静かにうなずいている。
「私は……私は、何て身勝手な。何て、失礼なことを……!」
ここへ来てからの紫織は、とにかく達夫に、英介について話して欲しかった。
それが、年老いたこの男性を、密かに苦しめていたのだ。
ただ頭を下げて詫び続ける紫織に、達夫は優しかった。
「少しでいいなら。楽しかったことだけでもいいなら、お話しするよ」
そんな祖父を、隼人は見つめた。
(おじい様や、ひいおじい様の、まだ知らない過去が語られる)
紫織のためにと決行した旅だったが、隼人にもまた実りあるものになりそうだった。
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