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『父は少し体が弱かったので、初めは徴兵を免れたんだよ』
しかし、戦争も末期になると、男性は根こそぎ戦地へ送られた。
英介も例外ではなく、30歳という歩兵としては高齢にもかかわらず、戦地へと送られた。
『その頃に、私は母のお腹の中にいたそうだ』
身重の妻が心配だった英介は、彼女を実家の桐生邸へと疎開させた。
必ず、生きて帰って来る。
君と赤ちゃんの元へ、絶対に戻る。
妻に、こっそりと本音を語り、英介は出征した。
戦時下では、死さえも美化するスローガンが打ち出されていた。
英介のような言葉を漏らせば、非国民扱いされる世相だ。
征くぞ護るぞ 皆決死
たゞ滅私 これ忠孝の 兵の道
たった今 笑って散った友もある
「今、聞くと。ホントに怖くて不気味な、標語だよねぇ」
「そうですね。私も、同感です」
達夫と将棋を指しながら、紫織は自らを省みていた。
(あの頃は。愚かな人間を嘲け笑って、過ごしていた)
この世の片隅で、こんなに切ない願望が語られていたことも、知らずに。
気付くと、膝の上で両手のこぶしを、強く握りしめていた。
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