168 / 229

3

『父は少し体が弱かったので、初めは徴兵を免れたんだよ』  しかし、戦争も末期になると、男性は根こそぎ戦地へ送られた。  英介も例外ではなく、30歳という歩兵としては高齢にもかかわらず、戦地へと送られた。 『その頃に、私は母のお腹の中にいたそうだ』  身重の妻が心配だった英介は、彼女を実家の桐生邸へと疎開させた。  必ず、生きて帰って来る。  君と赤ちゃんの元へ、絶対に戻る。  妻に、こっそりと本音を語り、英介は出征した。  戦時下では、死さえも美化するスローガンが打ち出されていた。  英介のような言葉を漏らせば、非国民扱いされる世相だ。  征くぞ護るぞ 皆決死  たゞ滅私 これ忠孝の 兵の道  たった今 笑って散った友もある 「今、聞くと。ホントに怖くて不気味な、標語だよねぇ」 「そうですね。私も、同感です」  達夫と将棋を指しながら、紫織は自らを省みていた。 (あの頃は。愚かな人間を嘲け笑って、過ごしていた)  この世の片隅で、こんなに切ない願望が語られていたことも、知らずに。  気付くと、膝の上で両手のこぶしを、強く握りしめていた。

ともだちにシェアしよう!