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「でも、ね。英介さんを助けるのは、我慢してね。救急車、呼んじゃダメだよ?」 「解った」 「あっ、ひいおじいさんだ!」  三人は、人影の動く一階の座敷を、物陰からうかがった。  そこには、長柄のほうきを手にした、英介の姿があった。 「さすがに疲れたな。少し、昼寝でもするか」  そば殻の入った枕と毛布を手にして、英介は座敷に横たわった。  少し掃除をしただけなのに、なぜだか妙に息が切れる。  手先足先が、やけに冷たい。 「ひと眠りすれば、落ち着くだろう」  すぐに眠気がやって来て、英介はそのまま瞼を閉じようとした。  その時、黒いネコがトコトコと、こちらに向かってやって来たのだ。 「ニャァ」 「ん? あぁ、お前。そこにいたのか……」  すでに意識はかすんでいたが、英介の目は見覚えのある黒猫を、確かにとらえていた。 「ニャァ」  紫織は、彼にぴたりと寄り添った。 「もうすぐ……達夫たちが、来るんだ……。皆で、旅行するのさ……」 「ニャァ、ニャァ」 「隼人も……来る……楽しみ……」 「ニャァ」 「一緒に……お前も……」 「ニャァ。ニャァ、ニャァ、ニャァ……」  英介の耳には、最後の最後まで、紫織の声が聞こえていた。  そして彼に見守られながら、穏やかに。  静かに、眠るように、息を引き取った。

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