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第5話 夢見心地
男運、全然ないんだよね。
付き合った男もさ、ぜーんぶ、二股とか、嘘つきとか、働かないとか、そういうのばっかり。
だからそのうち、俺は恋愛には向いてないって考えて、そもそも恋愛なんてものは夢物語の産物なんじゃない? って思うようになった。
セックスは好きだった。気持ち良いから。
で、ゆっくり恋愛からフェードアウトしていった俺は、セックスの相手も身体の関係のみが良いですって相手になっていって。
けど、仕事にするようになってからは、ボーダラインがわかんなくなっていってる感じがする。
お金をもらってするセックス、と。
お金はもらわないでするセックス。
「……」
昨日のは……さ。
そのどっちでもなかった。
あんなだったっけ、って、昨日、夢中になってしがみついて抱き締めてた彼の寝顔を眺めながら思った。
っていうか、一緒に寝ちゃうとか、ないんだけど。
っていうか、昨日のそもそもの客のこととか、お店に言わないとだし。
何ダブルベッドで一緒に寝ちゃってんの?
だから、そっとベッドを抜け出した。シャワーは、寝る直前に浴びたから、いいでしょ。髪はセットしてないから、ちょっと気に食わないけど、まぁ、帰るだけだし。
小さなクローゼットにしまった自分の服を静かに取り出して、起こさないように気をつけながら着ていく。
すっごいぐっすり寝てる。
ねぇ、別に、俺が心配することじゃないけど、あんま、こういう展開で寝た相手のこと、信用しないほうがいいよ? お財布盗んだり、スマホ盗られたりしちゃうよ? もちろんしないけど。
彼は……また、お金払って誰かとするのかな。
俺が言ったとおり、次はお金を払って探したりしないで、フツーに誰かと付き合ったりしてセックスするのかな。
「……」
まだ起きる気配のない彼の寝顔をもう一度確認した。
良い男は寝てても良い男だよね。
って、そうじゃなくてさ。
あんまのんびりしてると、彼、起きちゃうじゃん。
俺はまた慌てながら、最後に靴を履いた。
起きては……ない。
カバンにしまっていたスマホを取り出すと、お店から一つ着信があった。多分、迎えいる? とか、そんなだと思う。
時間を見ると、電車がすでに動き出してる。もう一回、スマホをカバンに戻して、ぐるりと部屋を見渡して。
「……」
デスクで、いっか。
「……」
そこに昨日、押し付けるように渡された紙の封筒をそのまま中身に触れることなく置いた。
昨日、俺が足を開いて、彼とセックスをしたデスクに。
だって三十万なんてもらえるわけないでしょ。それにお金を払ってもらってするセックス、してないし、できなかったから、もらえない。
そして、ちょっとだけ考えて、そのデスクの端あった紙に一応、書いておいた。
――昨日は、ありがとう。お金はいらないです。このホテル代にしてください。
それだけ綴って、封筒の隣に並べた。
これでいいかな。
多分。
うん……平気。
ほら、早くしないと、彼が起きちゃうってば。ほらほら、もう。
「……」
行くよ。
見惚れてる場合じゃないし、ずるずると名残惜しいってもたついてる場合でもないよ。
そっと慎重に扉を開けて、廊下に出ると誰もいなかった。当たり前でしょ。早朝だもん。エレベーターの到着する電子音さえ、寝ている彼を起こしてしまいそうな、大きな音に聞こえた。無人のカウンターをチラリと伺って、誰一人としていないフロントを通っていく。
外は寝ぼけたように静かで、でも、ちょこちょこっと人がいる。
本当に商業施設隣だし、駅直結だし。
靴音がやたらと響く広い通路を通って、改札を潜った。
駅のホームにはちらほらと人がいた。
滑り込むように入ってきた電車に乗り込んで、座ると、なんか急に場面が切り替わったみたいに、自分の日常に戻ってきた感じがする。
けど、まだ頭の中は昨夜の心地に浸ってる。
あー……ヤバい。
「……」
昨日のセックス、頭ん中真っ白だった。
何も考えてなくて、ただただ彼にしがみついてた。普段考えてるようなこと、一切考えられなくて、ただ、キスして、欲しがって、もらえる快楽味わってた。
あー、なんか。
気持ちよかったなぁって、一番端の席に座って、頭を衝立にくっつけてさ。
目を閉じて思い出してみたりして。
――名前、教えて。
ね。ホントヤバいよね。
俺、名前言っちゃったじゃん。絶対にありえないことなのに。いつもなら「マホ」って教えるのに。麻幌だから、「マホ」安直だけど、お客も別にキャストの名前なんて大事にしてないからあんまり身バレしないんだ。
なのに、麻幌って、教えちゃった。
「……」
名前呼ばれながらするの、すっごい感じた。
低い声。
優しいけど力強い手。
溶けちゃいそうなくらい触れ合うところが熱い。
強引じゃないストローク。
独りよがりじゃなくて、俺のことイカせてくれるキスとセックス。
どれも、気持ちよくて、どれも美味しくて。
――麻幌。
あーあ。
「……」
もうないけど。もう一回、はないんだけど。
だから名前も聞いてないんだし。どこの人なのかも、歳さえ知らない。だから、あの部屋を出た時点でもう、次は絶対にない。
けど。
名前、知りたかったなぁ。
もう一回。
「……気持ち、よかった……」
キスとセックスを彼としたかったなぁって、日常の音がする電車の中で目を閉じながら思った。
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