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第9話 予約一件入りました。
一回限りの特別で、映画の中の出来事みたいに思ってた。
お客さんと揉めてるところに現れて、俺のことをさらってくれて、あんなふうに抱いてくれる、とか。
もう会えることはないんだろうなぁって。
向こうは、彼は、普通の大学生なんだし。あの晩は「ノリ」だったんだろうなぁって。
偶然、駅でばったり再会した時だって、その次があるとか、ここから何かが起きるとか思ってなかった。だから名前は聞かずにいようって思ってた。
知ったところで、じゃん。
普通の大学生と、身体を売って生活している風俗嬢、嬢じゃないけどさ。
そんなの、住んでるとこ違うでしょ。
だから変な期待を持たないように。
期待っていうのも、なんか、違うけど、あんな甘くて、気持ちいいセックスはそう何度もできないってわかってるから。
「……し」
また会えるかもなんて思わないように。
「…………ば」
名前は聞かないでいた。
名前を知ったら知らない他人じゃなくなっちゃうでしょ。
――芝明隆。
けど、名前、聞いちゃった。
言われちゃった。
知っちゃった。
ね? だから、ほら、やっぱり期待とかしちゃってる。
しない方がいいって。絶対に。期待なんて。
してどーすんの?
セックスを売ってる俺と、勉強を頑張ってる大学生。しかもイケメン。
会ってどーすんの?
だって向こうから言ってきたんだってば。
セフレになんの?
お客さん?
それこそ、ないでしょ。大学生で絶対にモテそうな人がわざわざお金出して、俺を抱くとかさ。ないでしょ?
ねぇ。
「……芝」
彼とはさ――。
「しば?」
「! ナオ」
「おはよ。珍しいね。ここにいるなんて」
「あー」
あんまりお店の待機のところにいることがない。いると、予約じゃないお客さんの対応が入ったりするから。電話で、直にたまにかかってきたりして。この前のナオがそうだった。新規のお客さんから、とりあえずって指名なしの予約の電話。そういう時は、スケジュール共有アプリで誰かにあてがわれることもあるけど、待機の部屋にいる誰かに声がかかることもある。
だから、まぁ、今日はここにいるんだけど。
「んで? しばって? もしかして、縛っちゃう的な?」
「違うって」
「なんだ。マホ、急にハード系進出するのかと思った。バラエテイ増やしてくのかと」
「しないよ」
「あはは」
ナオは明るい。
セックスが好きでこの仕事を選んだって言ってた。俺も別に、この仕事をするのに悲壮感とかはそんなに感じてない。気持ちイイことでお金がもらえるのなら最高じゃんって、よく笑ってる。
俺もセックスは、好きだし。
気持ちいいこと、フツーに好きだし。
借金があってイヤイヤこの仕事をしているわけじゃない。普通のバイトよりもずっと稼げるから、この仕事をするようになっただけ。
けど、けどさ。
気持ちイイことばかりじゃないでしょ。
セックスは好きでも、好きじゃない行為の時もあるし。
人の、嫌なところももちろん、見かけるから。
接客業って大体そうなんじゃないかな。それがこういうのでも、アパレルとかでも。アパレルの人には一緒にすんなって怒られそうだけど。
接客業に携わってる人は多かれ少なかれ、人のイヤなとこを見かけると思う。
アパレル系とかだったら、せっかく綺麗に畳んで陳列していた服を手に取って、そのまんまくしゃくしゃに置いていかれる、とか?
仕事なんでしょ? って、横柄になるお客さんもいるだろうし。
それが、もっと「欲」で成り立ってる仕事だったら余計に出る。「欲」をお金を払って解消しようとしてるんだから、露骨なことってたくさんあってさ。
そういう、露骨で剥き出しな「欲」の解消のための行為に少しだけ疲れてたのかもしれない。
だから、あの晩の「セックス」はいつもの商品としての「サービス」よりも、なんか甘かった。
甘くて、美味しかった。
だからもう一回味わえないかなって思って、スマホを何度も確認してる。
お客さんから予約が入ったら、通知が来るように設定はされてるから。
ね? やっぱりもう期待してるじゃん。
何度も、本当にただの大学生が、フツーの大学生が、何万円も出してセックスを買うわけないじゃんって、頭の中で自分に言って聞かせてるのに。やっぱり、「芝」くんからの予約が入るかもって、何度もスケジュールアプリを確認してる。
「……マホ?」
その時だった。
「!」
飛び上がった。マジで。本当に。
明日、明後日はもう予約埋まってる。明々後日は、お休みで。その次の日のとこ。
え?
ちょ?
芝くん、何してんの?
ねぇ、ちょっと。
「マホ? どーかした?」
こんなの、しちゃ、ダメじゃん。
「ううん。何でもない」
スマホのスケジュール管理アプリにポンって送られてきた予約。夕方から夜、遅くまで。俺の出勤時間全部丸ごと予約が一気に入ってた。
彼が、予約しちゃった。
芝くんが、その日を丸ごと買っちゃった。
「何でもなーい……」
しない方がいいってわかってる。
期待なんて。
してどーすんの? って、思ってる。
セックスを売ってる俺と、勉強を頑張ってる大学生。しかもイケメン。
会ってどーすんの? って、ちゃんと、何度も自分に言ってる。
セフレになんの?
お客さん? って。
でも、今、やっぱ、嬉しくて、笑っちゃうくらい頬が熱くなった。
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