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第11話 落っこちちゃう。
「えーボルダリングやったことあったの?」
「いや、全然」
「ウソでしょー。スタッフさん、すっごい驚いてたじゃん」
砂がサラサラしてて気持ちいい。
おしゃべりをしながら、その砂につま先を潜らせては、感触を足裏で楽しんでた。
連れてきてもらった施設にはボルダリングだけじゃなくて、砂浜があった。すごいよね、こんな繁華街に大きな砂浜があるなんてさ。
ビーチバレーボールの大会をやったりしてるんだって。
今日は、そこでバーベキューとかが行われてた。アルコールも販売してて、まるで海の家みたい。
みんな、好きな串焼きとドリンクを片手に、好きなように座ってくつろいでた。
俺は、もう砂入っちゃうのを気にするくらいならって、裸足になっちゃった。芝くんも裸足。
それで、ステーキと野菜の串焼きをそれぞれと、レモンサワーも頼んじゃって、二人で、休憩用に設置されてるデッキの階段に座り込んでる。もう夜だから日差しの心配もなし、ここなら静かだから。
「ボルダリングの大会出ませんか? って言われてたじゃん」
「あれは、冗談で言ってきたんだろ」
「いや、俺と同じ初心者には見えない」
俺はもう全然。初心者向けの中でも超簡単コースでもゴールできなかった。
芝くんはひょいひょい登っちゃって、難なくコース制覇しちゃうから、スタッフさんが途中から応援してたし。あっちのを掴んで、こっちのに足を引っ掛けてって、指示出してたくらい。ゴールすると、ちょっと拍手とか起きてたし。
「運動神経いいんだね。芝くんは」
彼の名前をここで初めて、呼んだ。ちょっと緊張した。芝さん? それとも、下の名前? くん? さん? 呼び捨て……は、ないか。友だちじゃないし。
お客様だし。
でも、じゃあ、くん、もダメか。
「あー……えっと」
同じ歳くらいだから、つい。
「麻幌さんは」
「!」
すご、い……んだけど。
芝くんに名前を呼ばれて、すごい、くすぐったい。
「あんま運動好きじゃない?」
なんか、くすぐったい。
砂のせいかな。つま先がこそばゆくてさ。
「ど、かなぁ。あんま、スポーツってしなかったんだよね。部活も映画研究部」
「……」
「放課後に誰かしらが持ち寄った映画を観る、っていうだけの部活。すごいでしょ? あ、この人、俺と好み一緒かもっとか思いつつ、映画を観て、下校するのが活動内容。感想言い合ったりとかもしないし」
でさ、こういう文化系の部活動って、クラブチームとか所属してるアスリートの生徒とかが内申点欲しさに加入してたりするんだよね。本当に映画が好きな人もいれば、放課後映画観るだけなんて楽勝じゃんって、入ってくる場合もあって。
初めてできた彼氏も、そんな感じで映画研究部に入ってきたサッカー選手だった。
「文化系の部活しかしかなったからなぁ。運動って言ったら体育の授業くらい?」
なんで、こんな自分のことペラペラ話してるんだろ。芝くんにしたら、そこまで詳しくなんていらないだろうに。ほら、芝くんだって、へぇ、って顔してるじゃん。
けど、話しやすい。
それから、なんか、話してないといらんない。
「あは。だから運動はあんまかな。っていうか芝くんは? 相当、やってたでしょ? サッカーとかバスケとか。なんかモテそうなスポーツ」
「……全然」
「えぇ? そんなわけないでしょー」
「ほんとに全然」
言いながら、芝くんが膝を伸ばして、手を後ろについた。するとボルダリングで拍手喝采だった彼をまた賞賛するみたいに風が吹いて、彼の黒髪を揺らした。
「……」
何、それ。
フツーに、かっこいいんですけど。
「で、でも鍛えてるでしょっ、ジムとかさ」
「……いや、まぁ、それは」
「ほらっ! やっぱなっ」
だから、話してないといらんない。
話してないと。
「着痩せしてる見えるから、あんま服着てるとわかんないけどっ、さっ、筋肉すごいじゃんっ。絶対にジムとか行ってると思って……た」
落っこちちゃいそう。
「……」
その時、じっと、彼が俺を見つめた。
黒髪の隙間から見つめてくる視線に射抜かれちゃったみたいに、俺は、心臓がちょっと跳ねて。
真っ黒な瞳から、目が離せなくて。
「あ……え、と」
墓穴、ってやつだ。
着痩せして見えるからとか、服着てるとわかんないけど、筋肉すごいとか。裸を知らないと言えないこと。裸の彼に触れたことがないとわかんないこと。
だから、墓穴。
「……ぁ、と」
話してないと、意識を逸らしてないと、落っこちちゃいそうだから、気をつけてたのに。自分でおしゃべりして、自分で意識しないようにしてたこと言っちゃって。
ほら、今、意識しちゃったじゃん。
「……ぁ」
彼と、セックス、したことあるって。
「今日は、麻幌さん楽しかった?」
「え? あ、うん」
今日だってさ。
「そろそろ帰ろうか」
「え?」
「明日、筋肉痛になんなければいいけど」
「え、あ、えと……」
帰るって、言った? よね? でも、だってそれじゃ。今日は。
「こういう時って、一回店、帰んの?」
「え?」
「仕事終わったとか報告。それなら、まだ早すぎる? したら、また予約入れらたりすんの?」
「あ、あのっ」
仕事、終わったって、芝くんが言った。今日の、俺の、仕事。今日の仕事は全部、芝くんに時間いっぱい買ってもらってる。
「あの、しないの?」
「……」
立ち上がった彼が俺の分の空になったプラスチックのコップとお皿も片付けてくれる。ボルダリングして、バーベキューして、お酒飲んで。
「このあと」
これじゃ、デートだ。
「しない予定だったけど」
「……ぇ、じゃあ、なんで」
何で俺のこと、買ったの?
「丸ごと買わないと、貴方、セックスしないといけないじゃん」
「……」
「この前、しんどそうだったから」
「……」
「それに、この間の三十万受け取ってもらってないし」
「いや、それは」
「だから、とりあえず今日の貴方を買った」
「……」
「けど」
話してないといらんない。
「セックス」
なのに、言葉が出てこない。話したいことが浮かばない。それどころか。
「してもいいなら、したいけど?」
彼の声に耳を傾けちゃってる。
「貴方とセックス」
彼に見惚れちゃってる。
「したいけど?」
彼に――。
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