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第15話 戸惑い

 ウソでしょ。  何かの冗談でしょ。  悪戯、なんでしょ。  ――貴方のこと買った。  真っ直ぐに俺のことを見つめながら、真剣な顔で何言ってんの。  けど、朝起きてすぐ、もう一度確認したスケジュールアプリには、本当に、一週間丸ごと彼の、芝くんの名前で埋まってた。  本当に、一週間、買われてた。  ――いいよね、付けたって。  そして、足の付け根には、赤いキスマがいくつも付けられた。 「……芝くん、いくつ、付けてんの」  すごい久しぶりにこういうの付けられたなぁ。  足の付け根にばっか。服を着てれば絶対に見えないけれど、他のどんな言い訳もできないくらい、セックスをしたんだって証になる場所に、いくつも。 「いくつ付いてた?」 「!」 「……はよ。朝から色っぽい」  唇の端でだけ微笑んで、芝くんが目を細め、バスルームのガラスの扉に寄りかかった。  ちっとも気が付かなかった。起きてきてたなんて。  ガウンを羽織って、緩く、腰紐を適当に引っ掛けるだけ。半裸の芝くんの方がよっぽど色っぽいでしょ。 「ベッド抜け出すの上手いね。また逃げられたかと思った」 「だって、逃げても、今夜、会うじゃん」 「……確かに」  今日の夜も、明日も、明後日も、芝くんで予約は埋まってる。  だからそっとベッドを抜け出して、ホテルを一人で勝手に出て行っても、また夜には捕まえられてしまうから。 「眠くないの?」 「へ……き」  言いながら、ゆっくりバスルームに入ってきた。裸足だと、バスルームのタイルをひたりひたりって足音がする。鏡の前にいた俺の右と左に手を置いて、覆い被さるように背後に立つと顎を肩に乗せて。 「っ……ン」  短くしてある襟足のところにキスをする。  ただ唇が触れただけなのに、まだ昨日の、じゃないか、今朝方まで絡み合って抱き合っていた余韻がしっかりと残ってる身体はやたらと敏感で。  些細なキス一つにすら、大袈裟なくらいに反応してる。 「ここにも付けていい?」 「っ……ン」 「一応、見えないとこ」 「あっ」 「ここは、昨日、たくさん付けたから」  芝くん、ってさ。 「っ……ン」  そそる、よね。  鏡越しに俺のことをじっと見つめながら、首の付け根に、一つ、キスマークをつけていく。  ヤバ。 「っ、ン」  昨日、あんなにしたのに。  ――いいよね、付けたって。  そう言いながら、太腿にキスをして、そのまま、椅子のところでもしたのに。  朝から、盛ってる。  芝くんの視線に。キスマークに煽られて。 「あっ……ン」 「麻幌さん」 「あっ……ぁ」  また、芝くんのが欲しくなって、ガウンの布越しに、感じる熱に自分から擦り付けるようにしながら寄りかかった。 「あ、ぁ……っ、ン」 「朝飯、美味いんだって。ブッフェスタイルで、結構評判いいんだってさ」 「あっ」 「一緒に朝食食べたい」  背後から俺のことを抱き締めて、乱れたガウンの隙間から手を差し込む。それが鏡に写ってる。  乳首、昨日散々、可愛がられたから、ダメ。もう瞳を潤ませて、物欲しそうにしてる俺が、写ってる。 「あっ……ぁンっ」 「七時から八時だから、まだ時間ある」  抓られたらイきそう。 「ね? 麻幌さん」 「あっ」  どこ触られても発情する。  どんな愛撫をしてもらっても盛る。 「あ、あっ」  ガラスの中に写ってる自分があまりに物欲しそうに背後にいる彼に媚びてて。 「あ、こっち」  恥ずかしくてたまらなかったから。洗面台に腰を下ろして、向かい合わせで足を開いた。 「あっ、あぁ」  両足を、しっかりと抱えられながら、真正面から射抜かれて。 「あっ、っっっっっ、はぁっ」  一晩中、彼に抱かれた身体は悦んで、彼にしゃぶりついてた。ビュクリと弾けて、またシャワー浴びないといけないくらい、白を胸まで飛ばしてた。  自分のベッドに突っ伏して、少し柔らかく沈み込む感じがホテルのベッドと違ってる。今朝までいたからか、ちょっとだけ違和感を感じる。  ホテルのビュッフェで朝食を一緒に食べた。  朝日が差し込むレストランで、清々しい青空がビル街の隙間から見える中で向かい合わせで。  朝食ギリギリまでセックスしてたとは思えない涼しげな顔で。  綺麗な食べ方をするなぁって。  陽が当たっても、瞳が夜空みたいに深い色だなぁって。  ちらちら、盗み見しながら朝食を一緒に済ませた。  それからチェックアウトして、駅まで一緒に向かって。  ――それじゃ。  別れ際。  ――また、あとで。  そう言いながら、洗ったままの素髪に指先だけで触れてきた。その時、ちょっと嬉しそうに笑ってた。 「……」  まるで、ホテルデートの帰りじゃん。  なにそれ。  今日って……平日じゃん。  じゃあ、このあと、大学行くの?  勉強しないとでしょ?  ――あ、ねぇ。麻幌さん。 「……」  スマホがその時、ブブブって、ベッドの上で振動した。  ――連絡先、交換してもいい?  いいよ。お客さんには頼まれたら連絡先を教えても大丈夫。  だけど、さ。  ――ありがと。  嬉しそうにされて、狼狽えたことってなくて。 『昨日はありがと』  そんなメッセージに。 「……もう……なんなの……」  気持ちがこんなふうに躍ったことってなくて。  困ってる。  すごくすごく、困って、布団の中に隠れることにした。  だって、なんて返信すんの? どういたしましてっておかしくない? 普通なら、ただのお客さんなら、「こっちこそ楽しい時間だったです。ありがと」なんてスタンプくっつけて送り返せるのに。  芝くんになんて返事をしたらいいのかわかんなくて。  ウソでしょ。  何かの冗談でしょ。  悪戯、なんでしょ。  そんな言葉ばっか、ずっと頭の中でぐるぐる回ってた。

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