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第16話 ストンって
彼氏ができたのは高校二年の夏。
サッカーやってるって言ってた。部活じゃなくて、ちゃんとしたクラブチームの。けっこう有名な選手で学校の女子が何人も応援に行っちゃうような感じ。
けど、学校の内申のために部活入らないといけなくてさ。それで選んだのが映画研究部だった。
映画なんてフツーのしか観ないし。
ちっとも詳しくない奴だったけど。
顔よくて、話し上手くてさ。
まぁ、好きになるよね。
んで、そのまま付き合って、セックスもその時。
爛れた高校生活。
夏休みなんて、やりまくってた。
サッカーなんてわかんないから観に行ったことなかった。来ないでいいよ、暑いしって言われたし。
けど、入れ込んで、段々、もっと一緒にいたくて、観に行った。
行かなきゃよかった。来るなって言われたし。
彼女が応援しに来てるのを、見つけた。
有名な読モしてる、隣の学校のすっごい可愛い子だった。
俺はただのつまみ食いだった。
だから、彼氏だと思ってたのは俺だけだったっていう笑い話。
男なら避妊しなくていいし、楽だよねって話。
その次に付き合ったのは、その二年の冬。ヤンチャで、顔が好みだった。それも二股だった。男って気持ちいいって聞いたからさ、なんて言われたのを覚えてる。
その次も、全然ダメだった。
そのまた次も、全然。
何人目の彼氏だったかな。社会人と付き合ったんだよね。
既婚者だった。
もうそん時はさすがに、ないわ、ってなって、股間、蹴り上げたの覚えてる。
で、映像関係の大学に進んだ頃には、恋愛なんてものは存在しない、おとぎ話の中にしかない産物って思うようになってた。
付き合った相手、全員嘘つきだったから。
恋愛自体が嘘の固まりって思うようになった。
嘘つかれて楽しい人なんていないでしょ。
だから、相手が嘘をついてたって知らない、嘘かどうかわからない。そのくらい他人とするのが一番楽って思うようになってた。
信じるのは、疲れる。
だから、信じない。
自分の男運も、自分の選択も。
芝くんだって……さ。
顔、かっこいいと思うよ。
もう何回も思ったけど、別にお金なんて出さなくても、彼氏くらい作れるでしょ。だから、何でって――。
「はーい、もしもし」
『もしもし』
「はいはい」
不毛な挨拶の押収をしながら、片手で出かける準備をしてた。
電話は、オーナーから。
かかってくると思ってた。
『大丈夫か? 執着されて』
「平気」
『相手は』
「大丈夫だって。なんか大学生の気まぐれ」
あ。
「一週間後には向こうも満足して終わると思うし」
言いながら、ストンって落ち着いた。
ずっと、頭の中でぐるぐる回ってた言葉が。
ウソでしょ。
何かの冗談でしょ。
悪戯、なんでしょ。
それがぐるぐる頭の中にあったけど、今、スッと着地した感じがした。
「本当に普通の大学生。だから、一週間後には、また元通りだし。向こうも落ち着いてくるんじゃん? きっと顔が好みだったとかなんでしょ」
多分さ、偶然、あそこで揉めてる俺を見つけて、見た目が好みで、お金を出したらできるって聞いて、してみたかったんでしょ。
男同士だし。
風俗とか不慣れな感じだったから。
きっかけがなかったとかでさ。
俺も、男女のとは違うから。中学の時の、ずっと片思いだったし。告白なんてする勇気なかったもん。
芝くんもそんな感じ何でしょ。
勢いとテンションってやつで。
で、そのうち気がつく。
顔が好みで、他の、ちゃんとした相手。
誰とでもセックスしてきた、この身体なんかじゃなくて。綺麗で、清潔な。
『……麻幌』
「だから、こっちも一週間のんびり相手しようと思ってる」
『……』
「お店にはちゃんとお金入るんだし』
そう相手が芝くん限定でも、その他大勢でも、入ってくる金額は一緒でしょ。
「それじゃ」
『店には顔出すのか?』
「んーん。出さないけど。ダメ?」
『……いや』
「じゃあ、そろそろ行くから」
『あぁ、何かあったら連絡しろよ』
「……はーい」
何か、なんてないよ。何もない。いつもどおり。入ってくるお金も同じ。相手がずっと同じ一人か毎日違うか。その違いだけ。
そして、一週間もすれば芝くんは気がつく。
何も俺じゃなくても、たくさんとしてきた中古じゃなくて。
「……さて」
新品、がいいって。
「これでいいかな」
気がつくだろうから。その時は「ありがとうございました」って営業スマイルでその場を去ろう。
そう、ストンと落ち着いた。
一週間もあれば、俺もきっと充分満喫できると思うから。
おどき話の主人公。
恋愛っていう。
ちょっとした休憩だと思えばいいよ。
まだ、七月入りたてだけど。
早めに来た夏休み、みたいなね。
「……後は、スマホ」
オーナーとの電話を終えて、忙しなく準備をしてた。髪のセットもいい感じ。お風呂は入ったし。
今日は夜に雨が降るかもって言ってたから、傘、持ってこうかな。けど、降らないと忘れちゃうんだよね。
今日はどこ行くんだろ。
水族館とか? ベタなとこ行くかな。
ホテルに直行……はなさそう。
っていうか、お金、かかっちゃうじゃん。本当にラブホでいいんだけどなぁ。セックスする部屋っていうのがイヤとか? 誰がそこでしたかわかんないのに、みたいな? いや、でもそれだったら、俺を選ばないでしょ。じゃあ、今日もちゃんとしたホテル? 泊まり、じゃないとか?
そんなことを色々考えながら、結局、荷物になるのが面倒だから、傘持って来なかった。
「……何で笑って?」
「いや、全然、全然なんでもない」
「?」
ごめん。何? って思うよね。
「ごめんごめん」
「……」
だって、本当に水族館だったから。
まさかの予想通りだったから。
「芝くん、今日はなんか正装じゃん」
「……」
「かっこいー」
ちょっとした休憩。
早めに来た夏休み。
ちょうどいいよね。夏休みのレジャーに水族館散歩。最高じゃん。
「じゃあ、行こっか」
「……あぁ」
「!」
「……何」
「手つなぐの?」
「あぁ、誰も気にしないだろ」
まるでカップルじゃん。
水族館でナイトデート。
「まぁね」
ほんと、夏休みじゃんって笑いながら、重なる手にちょっと笑った。
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