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第18話 慣れてる、のに
昨日は水族館デート。
ディナーはお洒落なレストラン。
セックスはラブホで、じゃなくて、ちゃんとしたホテル。夜景が綺麗だったけど、カーテンは閉めてセックスしてたから、夜景鑑賞はしなかった。
今日は映画デート。
映画を観に行って、それからレストラン。今回も笑っちゃうくらい王道のデートコース。
一つ、王道じゃないとしたら、ミニシアターってことくらいかな。今、大ヒットの、とかじゃなくて、この間、観に行った俺の好きな監督の過去作品がミニシアターで企画上映されてたから、それを観に。
マニアックなとこ選んだねって言ったら、芝くんが笑ってた。
そのミニシアターで上映してた映画ももう何回も観たものだったけど、すごく新鮮に観ることができた。小規模とはいえ、スクリーンと整った音響設備で堪能したのは初めてだったから。
それから、映画を観終わった後はレストランで感想言い合いながら食事。
「このラストシーンの曲が最高でさ。シーンと映画がすっごい合ってて」
「あー」
「わかるっ? 俺、ずっと、あの曲は映画のために作った曲だと思ってたんだよね」
優しい音色で、でもどこか切なくて。ラストシーンで夕陽の逆光でシルエットだけの二人にすごく合ってた。
「それで、俳優さんがすっごいかっこよくて、そこからこの俳優さん縛りで、次の週は四本、その俳優さん主演のを観たんだよね」
「へぇ」
「芝くんは観たことある? あの俳優さんの他の映画」
「あの俳優の、全部かはわからないけど、観たことけっこうあるかな」
「マジ? どれ?」
「全部言う?」
「んーじゃあ、オススメは?」
徐に芝くんがスマホを出して、これとこれとこれ、って教えてくれる。
カウンター席だったから、隣にいる芝くんの手元を覗き込んだ。だいたい観たら、オススメしてくれたの、俺が見なかったのだった。
「えー、これだけ見てない。これどんな」
「最後泣く」
「マジ?」
当時はなんか微妙って思ったんだよね。無口な青年役がその俳優さん。主人公は女優さんなんだけど、この女優さんもあんまりヒット作には恵まれなくて、けど、たまに映画の脇役で見かけた。
ウエイトレスをしていた主人公は男運がなくて、お金もなくて。深夜までレストランで働きっぱなし。ヘトヘトになりながら家路を急いでるところで強姦されそうになる。
それを助けたのがあの俳優さん演じる無口な青年。二人は恋に落ちて――。
そんなお話。
ちょっとチープでしょ?
それに、当時、中学生三年だよね。
あの二股野郎と別れたばっかで、なんか、純愛とか、観たくなくて。
「へぇ、感動するんだ」
そっかぁって、頬杖をつきながら、小さく笑った。
中学三年の、あの、失恋の前だったら観てただろうけど。
で、今となっては、そんな男運のない主人公に共感じゃなくて自分が重なって観れなさそう。
そんな素敵な話は転がってないでしょって、しらけちゃって。
現実には襲われちゃうんじゃん? って。
「……麻幌さん、もう一杯飲む?」
「んー、どうしよっかな。っていうか、今日も……その……えっと」
「ホテルとってある」
「明日、大学あるんじゃないの?」
「……あるよ」
あ、とってある、んだ。またラブホじゃないんでしょ。
「そ、そんな豪遊していいのかっ?」
そして、急になんか落ち着かなくなった。指先がチリチリしてきた。
「毎回毎回さぁ。どんなセレブなわけっ」
「……酔っ払い」
「っ」
そう言って、俺の頬を手の甲でそっと撫でた。熱い? 頬。何も言わずに笑ったりされると、また困って、視線をどっかに逸らしたくなる。
だって、こういうデートコースのラストにセックスっていう流れが不慣れで、落ち着かない。いつもはすぐだから。行為が目的で会うからさ。
「豪遊はしてないし、セレブでもない」
「いやいや、こういうのを毎回するっていうのが」
「麻幌さんに俺のことを気に入ってもらおうとしてるだけ」
「!」
今度は芝くんが頬杖をついた。スマホの画面を閉じて、そっとポケットに閉まって。
その仕草がいちいち、素敵ってさ。
どうなわけ? って、なんか、悪態をつきたくなる。
「芝くんって……スマホ、しまうよね」
「?」
「あは、フツーか」
付き合ってきた彼氏全部、ものの見事にスマホはいっつも見える場所に、見えないように画面を裏返しにしてた。
ほら、いつ本命から連絡あるかわからないじゃん? けど、着信を俺に見られる訳にもいかないから、必ず裏返しだった。
「しまうでしょ。麻幌さんといるんだから」
「!」
おとぎ話。そうそうこれはおとぎ話。ラッキーなことにその主人公役をやらせてもらってる。
「もう一杯飲む?」
「……ぁ、あー……」
やめておこう、かな。なんか、火照るから。
「俺はもういい」
「っ」
「ホテル、行きたい」
慣れてる、のにさ。
セックスのために会うんだから。早くやりたいってせっつかれるのは慣れてるのに。
「じゃ、あ、俺も、ごちそうさま」
芝くんに言われると、喉奥が強いお酒でも飲んだみたいに熱くなって、言葉がその熱に気圧されて上手く出てこなくて。
だから、コクン、って、その熱を小さく飲み込んだ。
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