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第19話 甘いキス

 お金って、ほんと貯まらないからさ。  なぁんにも考えずにいたら、あっという間になくなっちゃうんだよ。  しかも、大学生じゃん。  セレブじゃないんでしょ?  大富豪じゃないんでしょ?  なら、本当になくなっちゃうじゃん。 「あ、のさ」  マジでもったいない、でしょ。  映画デート後にレストランで食事して、それからちゃんとしたホテルで一泊。ビュッフェスタイルの朝食付きだよ?  クロワッサンがすごく美味しかった。三つも食べちゃったくらい。  で、朝食終わって部屋戻ってきて、今、チェックアウトの準備してるとこ。って言っても手荷物があるだけなんだけどさ。髪型整えるくらい。このまま芝くんはまた大学って言ってた。今日は午後からなんだって。  だからゆっくりできるってさ。  芝くんはお客さまだから、俺のこと買ってもらってるのに、お金を使わせちゃうことに気兼ねするのも変、なのかもしんないけどさ。同じ歳くらいだし。  自由に使えるお金、全部使ったって言ってたから。 「今日も、夜、でしょ?」 「? なんか、予定が入った?」 「あっ、ううんっ、予定とかじゃなくてっ」  慌てて否定したら、じゃあ、どうかした? って顔してる。  だって、なくなっちゃうじゃん。  セレブでも大富豪でもないなら、バイトとかして貯めたんじゃないの?  それ使いきっちゃうのもったいないじゃん。だからさ。 「そのホテルとか、また行くのかなぁって」 「……」 「いや、あの、だから」  大学生でバイトで貯めたお金で、俺のことを買って、くれてる。  大富豪なら気にしないよ。芝くんがセレブなら全然、気にしないけど。でもそうじゃないならさ。気になるじゃん。だからってだけ。ほんとそれだけ。 「あ! っていうか、もう今日のホテルとか取ってあったりする? その今日の夜の」  そしたらキャンセル料とか発生しちゃうのか。じゃあ、結局、お金使わせちゃうか。あー、もっと早くに言えばよかったかも。 「……いや……まだ、だけど」 「そうなの? え? じゃあ、いつもホテル、いつ取ってんの?」  今日のとこも予約してあるって言ってたじゃん。今回も前回も王道のデートコースは最初から最後まで綺麗にスムーズにエスコートしてくれるでしょ。 「大学で」 「えぇ、ダメじゃん。勉強しないと」  まるで、お母さんみたいなことを言ったら、ちょっと口をへの字にした。 「あの、だからさっ」  俺が何を言いたいんだろう。何をしたいんだろうって、じっと瞳を覗き込まれる。  真っ直ぐ見つめられるの、案外、苦手なんだけど。いつだって、誰だって、こんなに真っ直ぐは見つめてこないからさ。落ち着かない。 「その…………」  申し訳ないなって思ったからってだけ。  気使うなぁって思ったからなだけ。 「今日は、大学終わったら、うち、に来る?」 「!」 「あ、いやっ、その、二日連続でホテルも食事も、映画のチケットだって、全部、出してもらっちゃってるじゃん」  パパ活みたいなことを、ほぼ同じ歳な芝くんにさせちゃうのは、ちょっとって思ったからってだけ。 「だから、その、うちで、デリバリーでも頼んでさっ。これもデートの王道でしょ? おうちデート、みたいな。だから、まぁ、たくさんお金使わせちゃうの申し訳ないからさ」  ただそれだけ。 「……普段も、そういうのしてんの?」 「は? するわけないじゃん。お客さんを自分の部屋に呼ぶなんて意味わかんない。お客さんの自室にデリバリーされたことならあるけどさ。絶対に入れるわけ……ない……じゃん」 「……」 「! あ、いやっ、その、こんなに何日も連続でリピられたことないしっ、芝くん、いっつも全部お金出すでしょ? 大学生なのに。お金持ちじゃないって、普通の大学生って言ってたから、なら、相当無理してるんだろうし。この二日間だけでも相当使わせただろうからっ」  だからってだけ。  そう尻切れトンボに言葉が小さくなっていった。  だって、芝くんが口元を手で覆いながら、そっぽを向いちゃったから。 「っ」  その耳が、真っ赤、だったから。 「いやっ、あのっ」  それに俺もつい、言っちゃった。  だって、芝くんが変なこと言い出すから。他のお客さんも部屋に招いたりしてるのか、なんて。するわけないでしょ。絶対に嫌なんだけど。  じゃあ、何で俺のことは招いてくれんのって、思ったよね。  違うから。  別に、その、なんていうか。  芝くんなら、部屋に呼んだって、変なことしないだろうし。知らないけど、でも、きっとフツーでしょ? だって、この二日間、本当にさ。 「あの……い、嫌ならいいっ、別にっ、その、お金、とかっ」  なんか大事にしてくれてたから。 「行く」 「!」  慌てて、今の提案をかき消すように両手をブンブン横に振ったら、その手をぎゅっと掴まれた。 「行く」  そんな、真っ直ぐ言わないでよ。 「お、オッケー……りょ、了解……です」  落ち着かないんだってば。 「行く」 「わ、わかったってば」 「ありがとう」 「!」  そんな。 「ど、どういたしまして……」  嬉しそうに笑わないでよ。 「あ、じゃあ、どっか、芝くんの行ってる大学の最寄駅とかで待ち合わせする? どこの大学行ってんの?」 「……いや、大丈夫。昨日もたくさん抱いたから、身体しんどいでしょ」 「!」  抱いたって単語に飛び上がりそうになった。なんか、その単語って、上品で、あんま俺には似合わないから。 「だから、麻幌さんの部屋、教えてくれたらそこに行く」 「えと……」 「教えるのがイヤじゃなければ」 「いや、いーけど。悪いかなって」 「全然」  なんて返すのが正解なのかわかんなくて、ちょっと、真っ直ぐに微笑まれるのもくすぐったくて、視線を逸らした。 「!」  そしたら、掴んだ手を引き寄せて、そっと唇にキスをされた。触れるだけの優しいキス。 「嬉しい」  触れるだけの、甘いキスに。 「そ、ソーデスカ……」  また、なんて返すのがいいのか、正解は、わかんなかった。

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