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第20話 花と

 だって、お金一瞬でなくなっちゃうじゃん。  別に、芝くん、イヤな奴じゃないし。  むしろ良い人だし。良い人には優しくするべきでしょ。  だからなだけ。  ただそれだけ。 「……あとは……」  部屋の掃除してた。  いや、一応、人が部屋に来るんだからってだけ。物はあんまり置かないようにしてる。掃除が手間になるだけだから。  宝物は今まで映画館で観た作品のパンフレットたち。  本棚にはびっしり全部並べてる。  ね? だから、たまにある特殊な形のパンフレットはすっごい困るんだよね。サイズが違っちゃうからさ、棚に並ぶパンフレットの中から急に飛び出してきちゃうんだもん。  掃除が終わったら、買い物しとこうかな。デリバリーで良いよねって言っちゃったけどさ。でも、料理とかする? いやいや、何その、彼女感のある考え方。  ふと手料理っていう候補が頭をよぎったのは、その手料理に驚く芝くんの顔が思い浮かんだから。  驚かせたいっていうか、なんていうか。  でも、デリバリーでいいでしょ。  何、手料理披露で彼氏の胃袋掴みます的なの。  ないから、そういうの。  そう思って、早く面倒な掃除を終わらせてしまおうと思った時だった。  テーブルの上に置いてあったスマホがうるさいくらいに振動した。  時間は……まだ、お昼前。  芝くん、かな。  大学が終わるのが夕方って言ってたけど、何か用事入ったとか? かな。 「!」  そんなことを考えながら、スマホを手に取って、その画面に表示された名前が意外でびっくりした。  ナオだ。  珍し。 「はーい」 『あ、お疲れ様ー。寝てた?』 「ううん」  お店のキャスト全員と連絡先交換してるわけじゃない。スケジュールアプリの中に連絡網っぽいのがあって、そこから電話とか個別メッセージのやりとりをすることもできる。たまに、体調不良とかで、予約対応無理ってなった時に、スケジュール空いてそうな子に代打をお願いしたりとかすることもあるから。特にリピートとかじゃないお客さんの時なんかに。  けど、そういうのじゃなく、人懐こいナオから、連絡先を教えて欲しいって言われて、普通に連絡先を交換してた。 『今日、夕方からでしょ? 俺も夕方からだからさ。ランチしない?』 「今日?」 『あ、ごめん。用事入ってた?』 「あー……ううん。大丈夫」  ナオも今日は仕事。だから、夕方には解散するし、お昼作るの面倒だし。せっかくキッチンも綺麗にしたから、汚したくないし。ちょうど良いかなって。 「じゃあ、十一時くらいに」  ちらりと時計を見て、まだ大丈夫って確認した。  雨、は大丈夫みたい。  ナオと決めた待ち合わせの駅前で天気予報を確認しておいた。  シーツ干しっぱなしだったから、雨降ったらやだなぁって。  なんか梅雨入りしましたって天気予報で言ってから、全然、雨が一滴も降ってないけど。むしろ、毎日暑くて、梅雨どこ行った? ってくらいに、真夏日ばっかだけど。  それでも梅雨だからさ。  シーツを。  って、なんか、別に、シーツはその、なんとなく。  一応、ほら、今日も俺、は、仕事だし。 「おーい! マホ!」  だから、なだけだし。  シーツ洗ったのは。 「おはよっ」 「おはよー」  仕事の一環、だし。 「すごいよね。一週間、貸切でしょ?」 「……まぁね」 「すごー、太客じゃん。いいなぁ。俺なんて、昨日の人、鼻息荒くてさぁ。はぁ、はぁ、はぁぁぁっ、って耳元でずぅぅぅぅぅっとやってるから、仕事終わって、自分のところで寝てても、なんか耳に残って最悪。寝れねー」 「あはは」  オープンテラス。太陽燦々な清々しい場所で、すごい話してるなぁ。 「それで、気分転換に日光浴」  そう言って、どう見たって、毎夜知らないその場限りのお客さんに身体を売ってるなんてちっとも見えない、可愛い笑顔をパッと花開かせてる。 「やっぱ、夜職してると日光不足」 「あー、まぁね」 「LEDにしか当たってないと、そのうち、カピカピになりそう」  甘い雰囲気のするミルクティーカラーの髪がきらりと光った。 「んで? 一週間、マホを買い取ったお客さんとの日々はどうよ」 「!」 「毎日豪遊? いいじゃん! このまま毎日買い取ってもらっちゃえば」 「いや、無理でしょ」 「リーマン? 何系の仕事?」 「……ううん」 「?」  不思議、だよね。俺も不思議で仕方ないし。 「じゃあ……もしかして、ヤバい仕事の人?」 「なわけないじゃん。オーナー、そういう仕事してる人は全部アウトにしてるし」  それもすごいよね。反社は完全アウトにしてる風俗ってさ。やってることはすっごい不健全なのに、会社としてはすっごい健全って。 「えー、じゃあ」 「……学生」  言おうかどうしようか、すごく迷った。けど、興味津々になるとナオってけっこうしつこいから。 「え? すご、学生で? 一週間?」 「なんだろうね。なんで、買ってんのかわかんないけどさ」 「えー、すごい。ドーテー? もしかして、筆下ろしの手伝い的な」 「……どーだろ」  そんな感じは、しなかったな。  フツーに、上手だし。 「えぇ、謎すぎる。あ! 癖がすごいとか? 普通の彼氏彼女じゃできないプレイ希望?」  ほんと、日差しの下でなんて話してんだろう。 「癖、ないよ」 「えぇ? 何それ」 「だからなんなんだろうね」 「癖なし、若くて、お金持ち、最高じゃん」  でも、日差しの下がよく似合う、お花みたいな笑顔をするナオ。ミルクティーカラーの明るい髪色が雑居ビルの隙間から覗く青空によく映えて、普通に可愛くて。愛嬌良くて。  うちのお店のダントツナンバーワン。 「いいなぁ、マホの貸切一週間が終わったらでいいから、俺を一週間、買ってくんないかなぁ」  そう言って、日差しを浴びて花びらを広げる可憐は花のように、けれど、妖艶で甘い香りが漂う花のように、ナオが魅力的に、笑った。

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