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第23話 変なの。

 変なの。よく行くスーパーマーケットに、芝くんがいる。 「……何作んの?」 「チーズリゾット」 「え、すご、そんなん作れんの?」 「簡単。洋風のおじやだと思えば」  確かに、そう言われると簡単な気がしてくるけどさ。そうは言ってもさ。おじやをそもそも作らないし。適当でいいなら料理する、って言って、リゾットって出てこなくない? 「すごー……」  芝くんが俺の引いてるカートの中にポンポンと商品を入れていく。にんじんに玉ねぎ、ベーコンに、チーズと、牛乳。  ね。変なの。  芝くんと日用品の買い物してるなんて。 「普段は自炊すんの? 麻幌さん」 「自炊はしないかな」 「そっか」 「あとは、買い物、なんだっけ」 「あと……歯ブラシ」 「あ、そうだった。はーい。歯ブラシこっち」  どこに何が置いてあるのかは覚えてる。一通りぐるりと店内を歩いて、最後の衛生品のところへ寄った。 「これと、これ」 「!」  言いながら、芝くんがかごの中に歯ブラシと、それからゴムを入れた。  コンドーム。 「もう個数少ないから」 「……そ、ぅ、ですか」  そんなにしたっけ。あ、けど、俺とだけじゃないかもしれないもんね。芝くんの相手。コンドームを使う相手がさ、俺一人とは限らないじゃん。 「……麻幌さんとだけだよ」 「!」  まるで俺の考えてることを丸ごと読み取ったみたいに、ぼそっと呟いたあと、俺を見て笑ってる。 「な、何っ」 「いや、なんでも」  きっと赤くなってて、ちょっとだけカゴに入れられたコンドームの箱に、ほんのちょっとだけ狼狽えたことに、笑ってる。 「今日で使い切るかはわかんないけど」 「あ、ああ、あっそ」 「じゃあ、レジ」 「あ、あああっそ」  そんなに、もう何度も芝くんが、俺でイッたんだって、思ったのも、丸ごと見透かされた気がして、頬がすごく熱くなって、芝くんを置いていくみたいにカートを押す俺の歩調が早くなった。  変、なの。 「じゃあ、麻幌さん、玉ねぎの皮剥いて」 「にんじんは?」 「そのままで大丈夫」 「皮ごと食べるの?」 「そう」 「へぇ」  芝くんがうちのキッチンにいることも。二人で並んで料理をしてることも。 「一個下かぁ」 「……見えなかった?」 「いや、若いとは思ったけど。なんていうか、年齢を聞くって言うことがレアっていうか」 「何それ」  ね。なんだろうね。 「芝くんってひとり暮らし?」 「?」 「あ、いや、手つきが慣れてるなぁって」 「……家の手伝いしてたから」 「へぇ、そうなんだ」  変……とはちょっと違うかも。なんか新鮮。 「母子家庭で、忙しかった母親に料理とか作ってた」 「えらっ! うちも母子家庭だったけど、学校終わって帰ってくると作ってあった」 「へぇ、すご」 「いや、俺ができなさすぎだったからじゃん。それで、一人で夕飯ってことが多くて、映画観ながら食べてたなぁ」 「そっか」 「近所にレンタルショップなかったから、自転車走らせて」  まるで日常。買い物して、ご飯作って、食べて、お風呂入って。その間はゆっくりとお互いの他愛のない話をしてる。  この仕事をするようになってからは、一切なくなった「日常」の中で、俺の隣に誰かがいる。  セフレも、このお仕事でセックスする時も、ただ欲求の解消のための行為だからさ。ただヤルことが目的で会うだけだったから。 「自転車」 「?」 「いや、麻幌さんに自転車ってなんか似合わないなって」 「はい? 自転車に似合うも何もないでしょ」 「そう?」  ほら、すごく新鮮。  芝くんが、俺の隣にいて、にんじんを刻みながら、子どもの頃の話をしてくれて、笑ってる。 「麻幌さんの移動手段ってタクシーって感じがする」 「いやいや、小中学生だったから」  セックスの相手をする、それだけの関係性なはずな彼と、接客、しないといけない彼と、並んで、玉ねぎの皮を剥いている。 「うっまっ」 「よかった」 「えぇ? マジで? 何これ、嘘みたいに美味しい」  チーズリゾットが、本当に簡単だった。一番難しかったのは、玉ねぎとにんじんのみじん切りだった。具材炒めて、ご飯入れて、塩胡椒とコンソメ入れて、あとは牛乳とチーズを入れて少し煮込むだけ。  これなら俺でもできそうなくらい。 「こんなに美味しいなんて」 「言い過ぎ」 「いやいや、これ、めちゃくちゃ美味しい」 「トマトリゾットも作れるよ」 「えっ!」  ちょっと気になるじゃん。料理の難易度上がった気がする、トマトリゾットに、ぴょんって気持ちを跳ねさせたら、そんな俺を見て、芝くんがまた笑った。  今日は、なんとなくだけれど、いつもよりも笑ってる気がした。  水族館でいろんな魚を眺めてる時よりも、昨日の映画館デートの時よりも、そのあと、映画のことを話しながらした食事の時よりも笑ってくれてる気がした。 「チーズも余ってるし」 「確かに」 「って言うか、もう食べ終わったの?」 「いや、美味しすぎっ」 「っぷ、そんなに?」  ほら、今日の芝くんは今までのどの時よりもずっとたくさん笑ってる。  あ、でも、俺もかもしれない。 「おかわり分も作ればよかった」 「いや、食べ過ぎだからっデブる」  なんだかいつもよりもずっとお腹が空いてた。いつもよりも満腹! ってくらいに食べた。  いつもよりも。 「麻幌さん、細すぎだから、ちょうどでしょ」  はしゃいでる、気がした。

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