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第27話 主人公はなぜ走っているのか
「…………ぁ」
自分の仕事の予定が案外、ぎっしり入ってて、思わず、声出ちゃった。
この先しばらく当日予約無理そう。
そんな自分の予定をソファにごろんと横になりながらアプリで確認してた。
芝くんが来るからって部屋の掃除も昨日の昼間に済ませちゃったし。のんびりしながら、芝くんが買ってくれた残り三日分より先の予定を確認した。
前もって、数日も前から予約してくれるお客さんって、大体、リピートしてくれてる人。
今日、休み。
明日から三日は芝くん。
その後、また一日オフで。オフ明けから、けっこう予約が埋まってる。約一週間完売になってるからかな。レア感がついたのかも。もう数日は一見さんの入る隙間がなくなってた。
そっか。
じゃあ、次のオフが明けたらけっこう忙しそう。
そっか……。
じゃあ……。
その後はもう芝くんが買うのは――。
「!」
って、何考えてんの?
はい?
そんなに大学生がお金持ってるわけないじゃんって、自分が一番分かってんじゃん。
自分でさ。自分にお金使わせるのもったいないって言ってたじゃん。他のことに使いなよって。セックスするのだって、俺じゃなくても相手いくらでもいるでしょって。何度も思ってたじゃん。
なのに、今さ。
何、考えた?
「っ」
誰もいない、いつも通りの部屋で一人、スマホを睨みつけてから、そのスマホをもういりませんって言うみたいに、自分の足元へ放り投げた。
「……」
そして、全然観てないし。
映画。
いつもオフの日はやらないといけないこと全部済ませて、のんびりお酒を飲みながら映画をソファでゆったり鑑賞するのが好きなのに。
ちっとも見てなかった。
なんで、今、主人公の俳優さんが走ってんのかわけわかんない。
普段はこんなこと絶対にない。
映画があればさ、大体二時間、どんなに疲れた日でも、どんなに退屈な日でも、どんなにしんどかった日でも、楽しく終われるのに。
「…………」
今日は、映画を観ようとすると芝くんが頭の中に現れるから。
芝くんもけっこう映画好きで、映画の好みもけっこう似ていて、たくさん話したせい。
今日は、くつろげるはずのソファに座ると、部屋が静かで、芝くんの声が勝手に耳元で再生されてる。
きっと、それも、昨日映画のことで盛り上がったのを思い出しちゃうせい。
「……」
これじゃ映画で気分転換、できそうにもなくて、けど、今日は一日オフだから――。
「電話とか珍しくてびっくりしたー」
「あはは、ごめん」
ナオが休みなのをスケジュール共有アプリで見つけて、思わず連絡しちゃった。
この仕事をしてからは、飲みに行くのは同業か、元同業が多くなった。やっぱり、気が楽、だから。女の子の友だちでもいればいいんだけど、けっこう人見知りなんだよね。んで、男の友だちは、そのままセックスに直結することが多くて、ダルい。
特にこの仕事をしてると股を簡単に開くとでも思ってるのか、むやみに誘われるからめんどくさくて。
そうなると同業で同じネコが一番気が楽になる。
だって、セックスはしないから。
「ランチしたばっかじゃん。なになに? なんかあった?」
「あー、いや」
ひとりでいるのが、なんか……だったんだ。けど、急に今夜、どっか行くとして、って考えて、パッと思いついたのが映画館のレイトショーくらい。でも、きっとそれだと、また考えそうだから、誰かに相手になって欲しかった。
「……ふーん。オフなのに、同業の顔見てると一日仕事してるみたいにならない?」
「それはないけど」
「そっかぁ」
「ナオは? 今日、オフだったでしょ?」
「んー、だからエステで美肌やって、整体行って、岩盤浴してきた」
「すご」
「身体が売り物ですから」
そこでナオがひとつ大きなあくびをしながら、小さく「ごめん」って呟いて笑った。
岩盤浴したせいで眠いって。
「だって、身体しんどくなると劣化しちゃうじゃん? そしたら売れなくなるからさぁ」
「けど、ナオ、ダントツナンバーワンじゃん」
「……今はね」
こんな仕事はやれて数年って思ってる。
それはきっとナオもそう。
年いけば行くほど、身体そもそもの価値だけじゃ買ってはくれなくなる。だって次から次に若い子は出てくるから。そしたら、身体の価値にプラスして付加価値つけないと。
ハードなプレイとかさ。
身体だけじゃ売れないなら、今度はその身体を削ってかないといけなくなる。
「特になりたいものとか、やりたいことはないけどさ。お金はあって困んないからさって、そんな話してると暗いじゃん! そもそもこういう仕事って暗いのとか、悲惨な話が多いのにっ」
「!」
「ほら、飲も飲もっ!」
ナオは、なんでこの仕事にしたんだろ。
気がきくし、顔だって可愛いし、頭もいいんだよね。このみんなが使ってるスケジュールアプリを紹介してくれたのもナオだったっけ。それまではオーナーが全部手帳上で全員の予定把握してた。
「マホは? 次何飲む?」
「あ、じゃあ、ジンソーダ」
「おけー」
ナオもちらりとドリンクのメニューを確認して、弾むような声で店員さんを呼んだ。
明るい笑顔に、優しい口調、そして指先まで綺麗に整えられたナオは髪の先までお人形みたいにピカピカだった。
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