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第30話 だから、好き

 あーあ。  何してんの、全く。 「……」  小さな溜め息が自然と口から溢れたけど、シャワーの湯音できっとリビングにいる芝くんには聞こえない。  こういうの、なんていうんだっけ。  ドツボ?  ミイラ取りがミイラに?  知らない。  もう、ほんと、知らない。  どーすんの?  ねぇ。 「麻幌さん」 「! あっ、はいっ、何っ」  びっくりした。いつの間にか、曇りガラスの向こうに芝くんがいた。 「……平気? すげぇ時間かかってるけど」 「あ、うんっ、うんっ、大丈夫、ごめんっ」 「どっか、痛い?」 「へっ?」 「いや、俺、さっき夢中だったから加減できてなかった」 「ぁ……いや」  夢中だったのはこっち、デショ。  昨日の、一人でしたのじゃ満足できなくて、物足りなくて、欲しくてたまらなかった。盛りがついたネコじゃん。部屋に招いてすぐ、玄関先でしゃぶりついて、その場でおねだりなんて。 「へ、きっ」 「……」 「すぐに出るっ、ごめんっ」  慌てて、シャワーを止めて、扉を――。 「!」  開けたら芝くんが、俺を見つめてた。  裸でびしょ濡れの俺を真っ直ぐに見つめて。 「麻幌さん」 「! ……ン……っン」  ね、芝くん、濡れ、ちゃうよ? 「っ」  けれど、かまわず俺のことを抱き締めて、深く口付けた。 「は、ぁっ」 「水、持ってくる」 「っ」 「すげぇ、熱いじゃん」  多分、平気。  熱いのはのぼせたとかじゃないし、どっか痛いとかはないし、無理もしてない。  違うと思うよ。  これは。  熱いのは、さっき夢中でしゃぶりついたセックスの余韻のせいだし  真っ赤なのは、今、もうどうしょうもないんですけどって、思ったせいだから。 「っ」  芝くんと以外、仕事でも、仕事以外でも、セックス、できそうもないって。  きっとどんなにセックスが上手くて、最高にかっこいい人に誘われても、無理って答えるって、思ったから。  頬が熱くて、たまらなかった。ただそれだけだよ。 「ンンっ、あ、これ、気持ちぃっ」 「っ」 「あぁっ、ん、奥、あ、イクっ」  そう甘い声で啼いたら、下で腰を支えていてくれた芝くんの指が俺の乳首をぎゅっと抓った。 「ぁ、あぁぁぁっ」  その瞬間、割れた腹筋の上に、今日何度目ってくらいイかされて、白が薄くなった精液がパタタって滴り落ちた。 「あっ……んっ」  中が芝くんの硬いのをしゃぶってる。 「あっ……芝くんっ」  もっとしてって、彼にしゃぶりついてる。 「ン……ふっ……」  芝くんが簡単にすぐできるからって、チャーハンを作ってくれた。この間はリゾット、今度はチャーハン。お米のアレンジレパートリー多いし。美味すぎるでしょって言ったら、小さく笑ってワンプレートって楽だからって。  ご飯を一緒に食べて、それからまたセックスしてる。  今度はちゃんとベッドの上で。  今度は性急な感じじゃなくて、ゆっくり、じっくり、「交わし合う」感じに。 「っ」 「あ、あぁンっ……っ、ン」  芝くんの上に跨って、自分から深く彼にしゃぶりついた。小刻みに腰を揺らしながら、気持ちいい場所に、芝くんを擦り付けてく。小刻みに甘い声をあげて、夢中になって。 「あっ……ふっ、ン」  芝くんが起き上がる時、首にしがみついて首を傾げると、深く舌が絡まり合うキスをくれる。齧り付いて、唾液を交わし合って。 「ンンっ」  背中を大きな手が支えながら、繋がった場所がもっと深く奥まで届くようにって、腰がクンって俺のことを突き上げてくれる。 「あ、あっ」  気持良くて、たまらない。 「あっ……ン」  ずっとしてたい、なんて、思っちゃうくらい。 「あぁっ……そこ、ダメ、っ」  気持ちいい。 「あ、ン」  奥も、浅いとこも、全部、芝くんに犯されたくて仕方ない。  ね、多分じゃなくて、きっと、かなり、もう無理。  ―― 貴方が俺以外とセックスしたくないって、なったら。 「麻幌さん」  ねぇ、昨日だって、芝くんとセックスしたかった。  芝くん以外とは、したくないって思っちゃった。  ―― 俺と付き合って。  どーすんの?  もう。 「あ、芝くんっ、イクっ、また、イクっ……ね、イク」 「っ」 「キス、して……っ、っ、っっっっっ」  好き。 「あっ、芝くんっ」  芝くんが好き。  ねぇ、久しぶりで、どうしよう。  怖いんだけど。 「っ、麻幌さんっ」  だからぎゅっとしがみついた。  恋愛なんて、全然不慣れてで怖いから、ぎゅってしがみついた。 「っ、ね、麻幌さん」 「っ、?」 「爪、すっげぇ立ててる」 「! ぁ、ごめっ」 「いいよ。全然」 「夢中で……今」 「いいよ。マジで。もっと」  しがみついてよ、そう低い声が囁いた。  好きな人の掠れた声って、こんなふうになるんだっけ。耳元で、はぁはぁって乱れた呼吸音も、抱きつくと汗で濡れて滑る肌も、キスしたら溶けちゃいそうな熱い吐息も。 「ン、芝くんっ」  好きな人のだと、こんなに気持ちいいんだっけ。  あまりに不慣れて戸惑うよ。  だから、迷子の子どもみたいに、ぎゅっと繋いだ手にしがみついてた。  寝ようとしてたとこで、言った。  言っちゃった。  明日は日曜だから、大学なくて、だから、朝早くに起きなくてもいいって話から。突然、言ってみた。 「…………は?」  いや、そこで、なんで怪訝な顔。 「だから、好き」 「…………は? マジで?」  いや、だから、なんでそこで怒った顔。 「って、芝くんが言ったんじゃん」  だって、タイミングわかんないし。  どうですか? 今の気持ちのポジションどの辺りですか? なんて訊かれるわけじゃないから、進捗? を言い出すタイミングが掴めなくて、なんか、突然、急に、寝る前だけど、言ってみた。 「一週間、芝くんとだけして、それで、その間に、他の人とセックスしたくなくなったら、付き合ってって」 「! は? マジでっ」 「だから、マジでっ」 「!」 「ちょっ、うわっ何っ、あのっ」  ぎゅって、そんなに強くしたら苦しいんですが。 「……マジで?」 「……だから、言ってんじゃん」 「っ」  苦しいってば。 「マジで」  わーいって、喜ぶんじゃなくて、わっしょいって、担ぎ上げられるんでもなくて。 「マジだってば」  静かに、ただただ、本物かどうか、夢なんじゃないかって確かめるようにきつく抱き締められた。それが苦しくて、嬉しかった。狭くて窮屈なくらいに抱き締められて、嬉しくて、たまらなかった。

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