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第31話 幸せ
「……ん」
ここ最近、目を覚ますと隣に丹精な顔をした一個下の男がいる。
「……」
人って慣れるんだね。約一週間、オフの日以外、芝くんが隣で眠ってるっていう朝が続いてて、最初の頃はすごく不思議で戸惑ったのに。
今はドキドキするだけ。
ドキ、じゃなくて。
こういうの――。
「……おい、絶倫」
恋愛、っていうんでしょ。
そっと手を伸ばして、サラサラな黒髪に指先でちょんって触れた。
昨日、彼に好きになりましたって報告した。
一週間、君に抱かれ続けて、他の男とセックスしたくなくなっちゃいましたって。
寝る直前だったのに、そっからもう一回、セックスした。
その前に、散々やりまくったのに。
――麻幌さんっ。
そう何度も俺の名前を呼びながら、離してくれなくて。
――あ、芝くんっ、もっと、あっ。
俺もしがみついたまま、離れたくなくて。
もう一ヶ月分くらい、昨日でセックスしたんじゃない? ってくらいした。
「…………っていうか、俺も絶倫じゃん」
「何独り言言ってんの?」
「!」
「……はよ」
朝、寝起きの彼の声は少し掠れてる。
サラサラの黒髪は寝癖というものを知らないらしく起きたばっかでも、全然、サラサラのまま。
「……すげ、寝癖」
「!」
逆に俺はくせっ毛だから、寝癖は必須。
そして、昨夜俺のことをちっとも離してくれなかった大きな手が優しく、そんな寝癖のついた俺の頭をそっと撫でた。
ねぇ……。
「今何時?」
「……わかんない」
好き。
「…………んー、五時、だって」
「はや」
「麻幌さん、三時間しか寝てない」
そうですね。寝たの二時近かったからね。
「寝不足じゃん」
そうでもないよ。
「お仕事」の時は帰宅は大体三時四時くらい、そこから寝るんだけど。なんか起きた時から頭が重かったり、身体がダルかったりする。それはたっぷり七時間とか寝てても。で、数時間もすればカーテンの隙間から差し込むだけでも日差しは強烈に眩しいし、外は駅前なこともあって賑やかになるから、あんま寝れないって日も多くて。
なのに、今日は頭は重くないし、身体は……ちょっと気だるいかな。でも全然、平気。このだるい感じは、好き。
お腹いっぱい食べた時みたい。
「朝飯、俺が作るから……」
君で、お腹いっぱいにした。
「もう少し……寝ててよ……」
そう寝ながら呟いて、俺のことを引き寄せた。身体をぎゅっとくっつけて、まつ毛が一本一本じっくりと観察できるくらいに近くて。寝息がよーく聞こえるほど一番近くで。
心地良かった。
「……腰、ほっそ」
「抱き心地いいでしょー?」
「あぁ」
「ちょ、冗談」
「すげぇ……抱き心地いい……」
それなら、よかった。
「おやすみ……麻幌さ……ん」
俺も、芝くんに抱かれるのはたまらなく心地良くて、気持ち良くて。
「……おやすみ、芝くん」
ずっと、君にだけ抱かれたいとか、思ってたから。
朝ご飯はお昼ご飯と兼用になった。
ぎゅっと抱き締められたまま、普通にたっぷり寝ちゃってた。
それで、芝くんは「また、後で」って言って、俺の部屋を後にした。駅まで送るって言ったら、ダメって、甘やかされた。ゆっくりしててよっだってさ。
「……ちわ」
そんなふうにバイバイしたのが、約一時間半くらい前。芝くんがどの辺りに住んでるのか知らないけど、帰って、またこっちに戻ってきた、って感じの所要時間ですけど。
「え? 芝、くん?」
「今日、昼間、特に予定ないって言ってたじゃん」
言った、けど。朝ご飯兼昼ご飯を食べてる時に、今日の予定を訊かれた、けど。
――特になんも? 買い物くらいかな。もうミネラルウオーターもうないから。
そう言った、けど。
「はい。水」
「え、ちょっ」
「重たいでしょ。買ってきた」
「予定ないなら、一緒にいたい。んで、明日、こっから大学行っちゃダメ? 一緒にいたい」
「いい、けど」
「……しつこかったら、ごめん」
いや、そんなことない。全然。
「……まだ、信じられなくて」
小旅行ですか? ってくらい。背負ってた大きめのリュックを肩から下ろしながら、芝くんがポツリと呟いた。
「麻幌さんが俺のことを好きになってくれたのが」
「……」
「自分の部屋に戻ったら、なんか、あれ全部夢だった気がして」
「そんなわけないじゃん」
でも、実はさ。
「びっくりはしたけど」
俺も、なんか現実味がないんだよね。
恋愛なんてものはおとぎ話の中にしか存在しないって思ってたし。ずっと失敗ばっかだったから。こんなふうに自分が幸せって思える恋愛を始められるなんて思ってなくて。
「っていうか、荷物、すごくない?」
「ぁ、ごめん。麻幌さんの服サイズ小さいから」
「はい? なんか俺がチビみたいじゃん。違くて、芝くんが大きいだけだから」
芝くんが帰った後、なんか、そわそわして仕方なかったんだ。
「洗濯は?」
「さっき、干した」
「あとは? 掃除?」
「昨日したし」
「あとは?」
「へーき」
「いや、けど」
「へーき」
変なの。
何かの病気なのかも。
「お手伝いさんじゃんそれじゃ」
君に触れてないと落ち着かない病気。
「なんでも手伝う」
「っぷ、あは、じゃあ、コーヒー飲みたい」
「わかった」
「んで、一緒に映画観ようよ」
だから、触らせてよ。
「夏はやっぱホラー映画でしょ」
んで、キャーって言いながら抱きつくから。
そんなことを考えながら、そっと、彼に笑いながらキスをした。
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