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第32話 夏はやっぱりホラーでしょ

 ホラー映画もけっこう観るかな。  やっぱり日本人だから、海外の血がドバーとか、グロテスクなのより、日常の何気ない隙間にあるような暗闇みたいなのが好き。ふと、視界の端に飛び込んできて、振り返って、じっと目をこらえて見つめてると……暗闇の奥にハッとするような何かが潜んでる、みたいなの。 「…………」  息を呑んで。 「っ…………」  主人公の視界の端に何が映ったのかを食い入るように見つめる。もうその主人公の視線の先を固唾を飲んで見守るようになったら、監督の思うツボって感じだよね。 「…………わぁっ!」  思うツボ、になっちゃったよね。 「びっくりしたぁ」  今、まさに監督の希望したとおりにびっくりしちゃったじゃん。  俺も、芝くんも。 「案外、芝くんも怖がりなんだね」 「……全然」 「えぇ? 今、飛び上がったじゃん」 「全然」 「飛び上がった!」 「……飛び上がってないよ」 「強がりだなぁ」  くすくす笑いながら、ソファの上で膝を抱えた。芝くんは、喉乾いたって、小さく呟いて、キッチンへと向かっていった。映画は、今、ちょっと、一時停止。俳優さんが次の扉を開けようと、恐る恐るって表情で手を伸ばしたところで止まってる。 「飲み物、俺も欲しい」 「何?」 「チューハイで」  戻ってきた芝くんが二つ、チューハイを持ってきてくれた。一つを開けて俺に手渡してくれる。開けてから手渡す、ただそれだけのことでも、実は嬉しかったりするんだよね。  俺はぐびっと一口飲んで、甘いソーダの強いシュワシュワにキュッと眉根を寄せてから、そのままコロンと転がるように芝くんの肩に寄りかかった。 「ホラー映画って、見始めの時のワクワク感が一番楽しくない?」 「それ、ワクワクの使い方違う気がする」 「えー?」  ワクワク、で合ってるよ。  ワクワク、するもん。 「う、わっ……」  寄りかかってたら、肩をすかされて、コテンってそのまま芝くんの膝の上に寝転がっちゃった。膝から落っこちないように片手で受け止められて、その腕の力にも、上から見下ろされて、なんか「抱っこ」されて大事そうに抱えられてる感があって。  くすぐったい。 「前に話したでしょ?」 「?」 「映画研究部」 「……あぁ」  基本的には「溜まり場」だったけど、ちゃんと映画の研究みたいなこともしてたんだよね。 「夏に学校に泊まったことがあってさぁ」 「……」 「テーマは」  ――ホラー映画を夜に学校で観たら、恐怖は倍増されるのか! 「俺が提案したんだよね。子どもだったなぁ」  映画館で映画を観ると部屋で観てるのよりも没入感があるじゃん。ホラー映画もさ、煌々と明るい部屋で観るよりも雰囲気ある方が怖いのかなって。体験型の映画館、みたいに、エンタテインメント性が高くなるんじゃないかなって思ったんだ。 「……で? どうだった」 「ワクワクしたっ! あはは、楽しかったよ」  みんなで学校に泊まって。顧問の先生に許可もらってスクリーンセットしてさ。パジャマじゃなくて、体育の時のジャージ着て、みんなで椅子並べてさ。 「その時はいっつもいるサッカーしてる奴らは遠征とかでいなくて、本当に映画が好きなオタクしかいなくて」 「……」 「すごい盛り上がったんだ」  隣にいた男子とホラー映画なら何がいいかって話で盛り上がって。その会話に加わった女子がすっごいおとなしそうだったのに、スプラッター系大好物で、話し出したら止まらなくてさ。 「いつもおとなしくて全然静かだと思ってた女子がめちゃくちゃ興奮して、饒舌で。隣にいた子と目を丸くして、どーすんの? これ。って目配せしあったんだ」 「……」 「夏の思い出で一番楽しかったかも」  大好きな映画の話だけ。  いつもなら一人で観る映画をみんなで観て、わーって騒いで、きゃーって悲鳴あげて。 「怖い時は手繋いだりして」  いつもおとなしそうな部員たちのはしゃいだ感じも珍しかった。目を見て話したら、吸い込まれそうなくらいまっすぐでキラキラで、純粋って感じで。 「……へぇ」  膝枕をしてくれてた芝くんをじっと見上げると、ふいっと目、逸らされちゃった。 「学生の夏で一番楽しかったのは、それ、だけど」 「……」 「今もすごい楽しいよ」 「……」 「芝くんといるの」  あ。  目、合った。 「ふふ」 「? 何?」 「いやぁなんでもない」 「何?」 「なんでもないってば」 「……」  言っても、? ってなるだけだよ。 「言ってみて」 「なんでもなってば……ン」  芝くんと目が合った。  真っ黒な瞳が真っ直ぐ俺を見つめてくれた。 「あっ……ちょ……映画」  ねぇ、主人公の俳優さん、恐る恐る、次の扉を開ける寸前で止められてるまんまなんだけど? 「あとで続き」 「えぇ? 映画は一気に観たい派なんだけど」 「無理。麻幌さん、酔っ払ってて可愛いし、俺の肩に寄りかかった時点で無理」 「それ俺のせい? あっ……ン」  言いながら、服の中に手を差し込まれて、甘い声が溢れる。 「あっン」  どっかで聞いたことがある。ホラーのゾクゾクとセックスのムラムラって似てるんだって。だから、昔のホラー映画は最初の方でカップルのベッドシーンが入ってることがあるとか。相乗効果? とからしいよ。  でも、大概、そういうカップルは最初の餌食にされちゃうんだけど。 「あっ、ン……芝、くんっ」  ほら、こうしてイチャイチャし始めると、来るんだよ? お化けか殺人鬼が。 「あっ……」  でも、芝くんなら、なんか飄々と倒しちゃいそうだけど。ボルダリングだってすごくて、かっこよくて、ダメだって思っても、俺がどハマりしちゃったくらいだから。  もしかしたらさ。 「あ、も……ダメっ、あン」  お化けだって、殺人鬼だって、メロメロにしちゃうかもしれない。

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