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第33話 一歩
「麻幌さん、また映画行かない?」
あ、芝くんのつむじを発見。
なんてことを思いながら、靴を履く芝くんを待ってたところだった
「映画?」
「そう、この間のミニシアターで第二弾、別の映画やってる」
「え、マジで?」
「うん」
「行く!」
わ。
なんか、ちょっと。
行くって答えた瞬間、パッと表情が晴れて、今、尻尾が見えた気がする。芝くんの背後に尻尾が。ふわふわしてそうな、尻尾。
今日は七夕。
ちょっとロマンチックな日で、今日までに、俺が芝くんを好きにならなかったら、もう会うことはなくなっちゃうリミットの日。
「すご、調べてたの?」
「…………いや、麻幌さんに飽きられないようにっていろんなプラン立ててた」
「そうなの?」
コクンと頷いて、少し自慢気に笑ってる。まるで、これだけの代物を姫のためにあつえてきましたぞと言いたそうな王子様みたいに。
「途中、麻幌さんが部屋に招いてくれたから、そっちにしたけど」
水族館だけじゃなくて、美術館、それからクルージングまだ考えてたんだって。どのデートもレストランまでリサーチ済みで。
「予約何ヶ月待ちもするようなとこは急には無理だったけど」
「っぷ、すご。俺なんかのために?」
「なんかじゃない」
ねぇ、そこで真っ直ぐこっちを見つめないでよ。
「あ、りがと」
大事にされるのも、こうして愛されてる感じのことをされるのも、慣れてないから、リアクションに困るじゃん。
「じゃあ、ほんと、うちに呼んでよかった」
「?」
「呼ばなかったら、芝くん、一週間後極貧生活になっちゃってたじゃん」
毎日豪勢なデートコースなんて準備してたらお金、いくらあったっても足りないよ。
「でさ、最後は……最後にならないで済んだけど、今日は、また麻幌さんの好きな映画観たかった」
「うん」
「ありがとう」
「!」
いや、それ、言うの、こっちだってば。ありがとうございますって。そう言いたかったのに、キスでいうタイミングを逃した。
「じゃあ、大学終わったら、連絡する。駅で待ち合わせで」
「あ、うん。けど、ちょっと遅れるかも」
「?」
こんなに一生懸命にされて、落ちないわけないよ。
メロメロ? にならないわけ、ないよ。
「言わないと、だから」
「……」
だって、もうできそうにないし。
どう頑張って、繕ってやってみたって、俺は顔に出ちゃうだろうし、身体って正直だから。反応してくれない気がする。芝くん以外じゃ、気持ち良くなれない気がする。だから、きっとお客さんを怒らせちゃう。
「今、やってる仕事」
「……」
「辞める」
「……」
「辞めて、すぐに雇ってくれるとこなんてないと思うけど、でも……」
「俺、手伝うよ」
仕事探すの大変そうだよね。きっと、前職は? って訊かれるでしょ?
風俗やってましたって言えないし。ちゃんとした仕事らしい仕事ってしたことないから、学生時代のバイトじゃね……経験値とは言えないんだろうし。
収入激減で、困るだろうけど。
「なんでもする」
「……芝くん?」
「マジでなんでもするから」
でも、もう、できる気がしないから。
「マジで、ありがとう」
芝くん以外となんて、きっとセックスもキスもできないから。
「……大袈裟、芝くん」
今日、お店、辞めてくる。
そう呟いたけど、ぎゅって、突然抱き締められたから、途中から、耳元でナイショ話をするみたいになっちゃった。
苦しいくらいに強い腕の中に閉じ込めてもらえると幸せで、嬉しくて、俺も、同じくらいに芝くんの背中にぎゅってしがみついた。洋服がしわくちゃになるくらい、ぎゅって、しがみついた。
そんなに長くは続けられないとは、そもそも思ってた。
身体も持たないし。やればやるだけ、気持がどこかすり減ってる感じがしたから。
稼げるうちは続けよう……って感じに思ってた。
それにさ、最近、そろそろかなぁとは思ったんだ。複数とか言われ始めたところで。
よく聞く話。
始めたばっかは若いとか目新しい、とかって理由でチヤホヤされるけど、どんどん古びてくると無理なことだってしないといけなくなったりする。複数だったり、こっちからしてみたら無理な癖プレイを強いられたり。そういうの増えてくるって、よくある話。
だから、気持ちよくなれるセックスで稼げてラッキーって思えなくなったら、辞めよう、辞めたい、とは思ってた。
だから――。
「……ずいぶん急だな」
「うん。ごめんなさい」
「明日から入ってる予約はどうするつもり?」
「! そ、れは……」
「…………好きな奴でもできた?」
「!」
「ここ最近、ずっとお前に入れ込んでる、この芝って客?」
「!」
言いながら、今日の俺の予約のところを埋め尽くす、芝くんの名前を指先でコンコンって小突いた。
「きっと捨てられるぞ」
「!」
オーナーが溜め息混じりにそう呟いて、サラリーマンには絶対に見えない、長い髪をやたらと邪魔そうにかき上げた。
元、俺のセフレで、セックスがすごく上手だった。この仕事をしてるって聞いて、なるほどねって思ったっけ。この業界に引っ張り込むために実技付きのオーディションをして、合格すると自分の店に囲う。
「風俗で、何人も相手にしてた。実際、そいつは、麻幌が他の男に抱かれるの嫌だったんだろ?」
「それはっ」
「フツー、そうだろ。パートナーをよその男に差し出して喜ぶ癖があるならまだしも」
「そんなの、芝くんにはないしっ」
「だから捨てられるって言ってるんだ」
「!」
今は、「初め」だから浮かれてるだけ。
それはまるで、この仕事を始めたばっかの頃の「初め」と一緒。
「初め」は誰だって、なんだって、浮かれて、テンション高いもんね。買ったばかりの服は、着ただけで、その日、なんとなく嬉しかったりする。けど、去年のは一昨年のは、別に、その時はすごく嬉しくて楽しかったのに、今はもうそんなテンション上がらないみたいに。
「……まぁ、今の麻幌に他の男の接客できそうにないし」
「……」
「クレームになりそうだから、いいよ。病欠ってすればいいし」
「!」
「けど」
なんで、特定の相手作らないの? って、一回、オーナーに訊いたことがあった。まだただのせフレだった頃に。
――だって、どうせ別れるだろ。なら、付き合うって労力が面倒くさい。
そう答えたのを覚えてる。ドライで、冷めてて、けど、セックスはすごく熱くて、溶かされそうだった。
「捨てられたら戻っておいで」
「……ない、よ」
「捨てられたら、だ」
もしかしたら一番好きだったかもしれない。この人とするセックスが。
けど、今は――。
「麻幌」
今は、恋が混ざるセックスを覚えちゃったから、もっと最高に気持ちいいセックスがあるって知っちゃったから。
「ありがと。オーナー」
もう戻らないよって思った。
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