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第36話 百戦錬磨
映画はまた今度にした。
俺の好きな監督の過去作品上映第二弾はたったの五日間だけで、もしかしたら、見逃すことになるかもしれないけど。
初めてかも。
映画観てる場合じゃないって、思ったの。映画よりも優先させたいって思ったの。
「さっき、言いそびれたけど、ショックとか、汚いとか、思わなかったから」
だから映画はやめにして、俺の部屋に一緒に帰ってきた。
「麻幌さんの今の仕事」
「……」
「ずっと、麻幌さん、そんな感じのこと、言ってたでしょ。相手、自分じゃなくていいんじゃないかとか。きっと他にたくさん、いるとか」
だって。
そうだし。
芝くんが、あのアキくんっていうのはまだ全然結びつかないけど。
どこをどう頑張ったら、こんなイケメンに成長するんだろうって思うけど。
あの頃は俺よりも背だって小さかったでしょ? 朧げな記憶の中に漂ってるアキくんは、細くて、筋肉も全然なかった感じ。一つ年下なだけなのに、まるでいくつも年下の中学生って感じだったのにさ。
今の芝くんはかっこいいんだもん。
筋肉だってしっかりついてて、俺のこと軽々持ち上げるし。背中だって、すごく広くなってさ。
成長しすぎでしょ。
さっき、駅で芝くんに話しかけてたあの女の子、大学の友だちの、きっとあの子、ちょっと芝くんのこと好きだと思うよ? 風俗落ちした先輩のことを色々聞く芝くんをすごく心配してるっぽかったし。
「他なんていない」
「!」
「俺が好きなのは麻幌さんだから」
「! そ、そういうこと、真っ直ぐ言うとかさっ」
「……」
真っ直ぐ見つめる、とかもさ。
「いや、だからさっ。俺みたいな、中古じゃなくたって、芝くんかっこいいんだから、新しい人見つけられるじゃん。そんなに固執するほど、俺にいいとこなんてないよ。今は、そう、なんか思っちゃってるんだろうけどっ」
「中古……」
「っ、だって、実際、そうじゃん……」
自分でもずいぶん嫌な言い方するなって思うけどさ。ちょうどいい単語、他に見つからない。
そう胸の内で呟いたら、鼻先をむぎゅって握られた。
「な、何っ」
「中古じゃなくて……」
ね? ほら、ちょうどいい言葉見つからないでしょ?
「百戦錬磨」
「! …………っぷ、あは」
何それ。
一瞬考えてから、パッと放った「中古」じゃない単語に思わず笑っちゃったじゃん。
なるほど、百戦錬磨か。
そう言われると、なんか強そうだね。
「っていうか、麻幌さんは今の仕事する前、高校の時から相手がたくさん……」
「あ、あのねぇ!」
「多かった」
「あのねっ! だから、それはっ! だから、別のっ」
確かに、つきあった、って思っていいのかわかんないけどさ。相手は、たくさん、いた。どの相手も、長く続かなかっただけで、続いてれば、俺だって経験人数、そんなにたくさんになんてならなかったし。
「だから、俺みたいに無駄に多い人なんかにすることないって言ってんの。もっと、アキくんが初めてっていう人にしないともったいないって」
なんでこんなに、相手取っ替え引っ返しちゃったんだろうね。今更なんだけど。でも、こんなことがさ、こんなおとぎ話みたいなことが自分に起きるなんて、思わないじゃん。
普通は、かたっぽ落としたガラスの靴の持ち主を見つけるために、街中の女の子にその靴、履かせたりしないじゃん。
そんなふうに思ってもらえるなんて、思わないじゃん。
「過去に麻幌さんと付き合った人のことを羨ましいとは、思うけど」
そんなこと、言ってもらえるなんて、思わないじゃん。
「でも、おかげで、麻幌さんの好みのタイプはわかったから」
「!」
「麻幌さんの好みのタイプになれた? 俺」
そう、だよ。
アキくんは、すっごい俺のタイプだよ。
面食い、なんだよね。
かっこいい人には弱くて。だから、ダメだったんだろうなぁ。だって、そんなかっこよくて人気者なんて、独り占め、したくても無理でしょ。
「ジム通って体鍛えて、背、伸ばしたくて、食事とか気をつけた」
「っ」
「俺、麻幌さんの好みのタイプになれてる?」
「っ、!」
アキくんが、そっと覗き込むようにソファで隣に座る俺との距離を詰めてくる。
夜空みたいに澄んだ黒い瞳に、じっと、見つめられるの、苦手。
「ま、まぁ」
「よかった」
「っ……ンっ、ん」
目を逸らそうとしたところで、齧り付くようにキスをされて、狼狽えてた俺は、そのままソファからずり落ちそうになるけど、アキくんの手がそれを阻止して、抱き締めてくれる。
この、力強い腕、も好み。
顔も、好き。
キスも、すごく気持ち良くて、好き。
「ん……」
もっと、キス、したくなる。
甘くて、柔らかくて、気持ちいい。
「け、けど、なんか、ちょっとやっぱ違うよねっ、アキくんってなんか柔らかい感じの子だった」
「子……まぁ、それは、キャラ、かなり作ってたから。麻幌さんの付き合ってきた奴、全員、そんなだったでしょ?」
確かに、ちょっとSっていうか。強引な奴が多くて、それもまた、求められてる感じがして気持ちよかったんだけど。
「けっこう、それだけは無理してた。麻幌さんには優しくしたいけど、あんま優しいだけだと、飽きられそうっていうか、違ってるかもって」
「…………っぷ、あは」
「!」
好き、だよ。
「無理、してたの?」
「まぁ」
「あは」
いつだって、感じる。
「Sって感じも、好きだけど」
アキくんに愛されてるって、一分一秒、いつだって感じてる。
「アキくんが、好き」
「!」
俺に優しくて、俺に特別甘くて、笑うと、ちょっとあどけない。
「好き……」
君のことが、たまらなく、好き。
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