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第37話 芝くん、アキくん

 予定では、映画観て、どっかレストランで食事して、それから、うちに来る、感じだったかなぁって思う。詳細までは聞いてないけどさ。多分、王道のデートコースなんじゃないかな。  もしも、俺がめちゃくちゃ男運が良くて、すっごくモテててたら、この王道デートコースは何回もやったことがあるから退屈だったりするのかな。あの水族館も行ったことがあって、クラゲの次はサメだよって知ってたりするのかな。  アキくんもそう。  昔から、こんな高身長で、イケメンで、イケボだったら、もう恋愛遍歴すごいことになってるでしょ。デートなんて、セッティングしなくたって、相手がぜーんぶ準備しちゃっててさ。同じように、水族館なんてもう百回くらい行っちゃってるかもね。  百回は、さすがにないか。  けど、きっと、王道デートなんてたくさんしてたんじゃん?  だけど、こういうの、俺にとっては初めての「デート」でさ。  アキくんにとっても、初めてが詰まってる「デート」だったんだよね。 「……ァ、キ……くん?」 「!」  お風呂上がって、そっと、ベッドルームに繋がってるリビングの壁から、ひょこっと顔を出したら、アキくんが、パッと振り返って、真っ赤になってる。 「ちょ、何」  ちょっと、ここで、そんな初々しく反応されても困るんだけど。  そして真っ赤になったところを見られないようにって口元を手で覆って隠してる。今までの芝くんにはない仕草に、ちょっとキュンってした。アキくんの素直なところが、なんか、愛おしいって思った。 「なんで、今更緊張?」 「ぁ……いや、アキって、言うから」 「だ、だって、アキくん、じゃん」  当時、たくさん話したわけじゃないけど、アキくん、そもそもおしゃべりキャラじゃなかったし。  でも、アキくんじゃん。  俺のことをずっと好きでいてくれて、追いかけて大学まで来てくれた、あの子、じゃん。だから、芝くんじゃなくて、アキくんって呼んでみた。 「っ……そっちで呼ばれるのは、慣れてない」 「っぷ、なんか、可愛い」 「! いや、そんなことは……」  急に、「芝くん」に戻って、引き締まった顔をして見せるのが、また可愛かった。  俺の好みが、「芝くん」だからって。  確かに、ちょっと年下の可愛い感じは好みじゃないんだけどさ。 「それに、刺激が強いっていうか」 「?」  そう呟いて、アキくんが口元は手で覆ったまま、チラリと俺の足元へ視線を向けた。  上しか着てないから。剥き出しの太腿の方をチラッて。 「この間まで童貞だったから、ちょっと、対応が……」 「っぷは、そうなの?」 「だって、麻幌さんが好きなのに」 「!」  じゃあ、俺が初めて? 「もったいないなぁ」 「だから、全然、もったいなくなんて」  慣れてないなぁ、とは思った。風俗は初めてなんだろうなぁって、思ったけど。  童貞、とまでは思ってなかった。童貞を風俗で捨てちゃうほど、相手に困るとは思えなかったし。それに、そういう意味では「不慣れ」って感じはしなかったから。  不思議なアンバランス、と思った。  初々しいけど、慣れてる感じ。  だから付き合った子は一人か二人はいるんじゃないかなって。 「もったいないっていうのは、そういう意味じゃなくてさ」 「?」  俺がまた、アキくんの相手には中古の自分じゃ相応しくないって言ってるんだと思って、慌てて、そうじゃないって付け加えた。  もちろん、そういう意味でももったいないって思うけど。童貞くれるのは、貴重すぎてもったいないとも思うけど、今のは、そういう意味じゃなくて。 「アキくんが俺にためにとっておいてくれた初めてだったなら、もっとたくさん感じたかったなぁって」 「!」  不思議なお客さんだなぁ、じゃなくて、一生懸命に俺を追いかけてきてくれた子の初めて、って思いながら、したかったんだ。  そう告げたら、はぁぁっ……って、アキくんがその場にしゃがみ込んで溜め息をこぼした。俺は急いで追いかけるようにその場にしゃがみ込んで、同じ目線になるように膝を抱えた。 「麻幌さんって、ほんと、人たらし」 「えぇ? なんでっ、何がっ」 「……麻幌さんは覚えてないよ」 「?」 「映画研究部でさ、映画観終わった時、感想言い合うのしてた」 「してたね」  あんま、感想そのものは覚えてないんだけどさ。みんな、面白かった、とか、そういう捻りのないことばっか言ってたから。 「俺、声小さくて、大したことも言えなくて、発言も遅いから、なんか、言っても誰も聞いてないっていうか」 「……」 「けど、今みたいに、麻幌さんはいつも耳傾けてくれてた」  そう、なんだ。覚えてない、けど。 「ちゃんと聞いててくれた。それが嬉しくて、貴方のこと、すごい見るようになって、そしたら好きになってた」  覚えてはいないんだけど、グッジョブじゃん、高校生の男運ゼロだった俺。 「まぁ、みんなに優しかったけど」  そこで、知らんぷりしてたら好きになってもらえなかったってことでしょ? 「ふふっ」  素の彼が見れて、嬉しいって思ったよ。 「何、笑って」 「なんでもない」  だから、眉間に皺寄せて、難しい顔しなくていいよ。そのままで。  年下の可愛い系は好みじゃないけど。  ちょっとSっ気のある、クール系の方が好みだけど。  あんま関係ないから。 「なんでもないでーす」  アキくんだけは、好みとか、好みじゃないとか関係なく、好きだから。  もうそのまんまでいいんじゃない? って、抱き付いた。 「な、何っ」 「なんでもないですよー」  抱き付いて、どうしても溢れる笑みが照れ臭くて、アキくんの広い胸に顔を隠すように頬を擦り付けた。

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