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第42話 明隆視点 運命なんじゃないか

「あれ? 昨日と同じ洋服? えぇ? まさかの、明隆くん朝帰りですかぁ?」 「……まぁ」  あんなに細いなんて。 「えっ! 本当に?」  強くしたら折れそうなくらいだった。  ―― おっきくて、気持ちい、激しいっ、あ、すごっ。 「ちょっ、おい! まさか相手は演劇科の、エミちゃんじゃ」 「?」 「おいいい! しらばっくれるなよー!」  ――昨日は、ありがとう。  お金、持ってかないし。  朝、起きたらいないし。 「……」  失敗した。  麻幌先輩の働いてる店の名前、聞き忘れた。  あぁ、もう、何やってんだよ。  あの人に会えて、浮かれて。  触れたかったあの人に、本当に触れることができて、有頂天になって。  ――ちょっと、あのっ、ねぇっ。  今のあの人は笑うことが少なかった気がする。  あの時は、たくさん笑ってたのに。どれもこれも、麻幌先輩が笑った横顔を後ろからチラチラ盗み見るばっかだったけど。でも、よく笑う人だった。  記憶に残ってる麻幌先輩はいつも笑ってた。  けど、昨日はあんまり笑うことがなくて。  少し、顔のラインが細くなってた。  首も華奢で、腰も……。  ――気持ち、い?  あのサッカー選手とは夏休みが明けたら別れてた。理由は知らない。けど、そのサッカー選手の奴は、秋から部活には来なくなった。  冬には、麻幌先輩は別の人と付き合ってた。正確には二人が並んで歩いてるところをちょくちょく見ただけだけど。でも、麻幌先輩ってわかりやすいから、いつも、ずっと見てた俺にはわかるっていうか。嬉しそうにするから。そいつと話してる時、嬉しそうにふにゃって笑うからすぐにわかった。  そいつも、イケメンって女子の間でもよく話題になる人だった。でも、そいつとも、春が来る前に別れてた。三年になっても、ふにゃっと笑ったときの麻幌先輩の隣には、大体、顔が良くて、人気があって、少し強引なタイプに見える奴がいた。  好みなんだろうなぁって、思った。  イケメン。  その後も何人か、彼氏だろうなって思う相手が麻幌先輩にはできて。  俺の入る隙間なんてなかったけど。  それでも告白した。  OKがもらいたいとか、そんなんじゃなかった。ただ、伝えたかったんだ。あの人に、好きだって。  好きだって伝えれば満足できるかと思った。  けど。  満足、できなかった。  麻幌先輩が卒業した後から、あの人の好みになれるようにって努力した。  整形はさすがにしないけど、とりあえず俯いて歩くのをやめた。  適当に近所で散髪してたのはやめて、わざわざ電車で一時間近くかけて、有名なサロンで切ってもらうようになった。  身長は伸びるようにって、嫌いな牛乳をいろんな形で摂るようにした。  細くて、麻幌先輩よりも一回り以上小さかった身体をデカくした。  服だって、笑うくらい、雑誌買い込んで勉強して。  それで、麻幌先輩と同じ映画関係の大学に進んだのに。  ――ぇ? あー…………陽野なら辞めたよ?  意気揚々と、あの人がいるだろう監督を目指す学科に行ったのに。  ただ辞めたってだけでもショックなのに。  ――あ、もしかして、君も陽野に頼もうとか思った?  はい? 何が? そう首を傾げた。  ――やめときなよ。逆上してキレて殴られるぞ。大学辞めるちょっと前に、からかって誘った奴いたけど、殴られたらしいから。  誘う? 何に?  ――? 知らないの? あいつ、ウリ、してたんだって。枕営業ってやつ? まぁ、顔綺麗だったから、それで大学もコネで入ったんじゃん? 風俗落ちって、そんな怖い顔すんなよ。俺は噂聞いただけだからさ。  ショックとか通り越して、意味、わかんなかった。  俺が追いかけてここに入るまでの一年間であの人に何があったんだ?  たった一個、歳がひとつ違うだけなのに、その一年がやたらと邪魔だった。どうしたって、追いかけられない一個分の歳の差のせいで、あの人を見失った。  で、やっと見つけられたのに。  店、わからないんじゃ、捕まえられないだろ。  もう手当たり次第そういう店をネットで漁った。暇があれば、ネットで探しまくったけど、ちっとも見つけられなかった。  駅で会えたのは本当に奇跡だったのに。 「あれ? 芝くん、昨日と同じ服着てない?」 「……さっきもそれ言われた」 「あはは。だってオシャレな芝くんにしては珍しいなぁって。何? 昨日、オールだったとか? 演劇科の女優志望の子が」 「それは知らない」 「えぇ? まさか、まだ例のあのセンパイ探してるの?」 「……」 「見つけても、もう監督とかやらないんじゃない? それより、芝くんこそ、この前の課題のショートフィルムすっごい評価高かったじゃん。映画に集中しないよー。ほら、大好きなこの監督の、ミニシアターで企画してるから、映画観てさ」 「!」  脚本科の女子が差し出してくれたスマホの画面には、あの監督の過去作品がミニシアターで企画上映されてるっていうものだった。  このミニシアターなら、知ってる。  あそこの駅の近くだ。 「? 芝くん?」  奇跡だと、思う。  もしも。  あの人を見つけ出せたら、運命、なんじゃないかって。  今日で、三日目。  明日は、大学休んで一日ここで待ってみる?  俺が大学のどうしても休めない講義に出てる間にもう観にきてたりした?  そもそもこの企画上映を知らないとか?  映画、は、もう観てない、とか?  いや、けど、あの人は、いつだって、誰といたって、映画だけは「特別」だった。どんな奴と付き合ってる時よりも、映画の話をしてる時が一番。 「!」  一番、綺麗、だったんだ。 「いた!」  一番。 「……え」 「いた……探してた」  綺麗だと思った。 「え、えぇっ?」  俺は、映画の話をする時の麻幌先輩があまりに綺麗で、見惚れたんだ。  こんなに綺麗な人がいるんだって、思ったんだ。  奇跡だと、思う。  もしも。  あの人を見つけ出せたら。 「ずっと、探してた」  麻幌先輩の唯一好きじゃない、ご都合主義の恋愛映画みたいな奇跡が起きて、もう一度会えたらなら。  これは、運命、なんじゃないかって。 「ここにいたら、また会えるかもって」  思った。

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