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第44話 明隆視点 独占願望
独り占めなんてできると思ってないんじゃなかったっけ。
手なんて届くはずのない高嶺の花だから、自分だけのもの、なんて到底できっこない、んじゃなかったっけ。
今でも、そう思ってる。
この人を独り占め、本当にできたなら、最高だけど、夢の中のお話だろって。
けど、ほんの少しでもその可能性があるのなら。
この人の隣を陣取ることができるのなら。
麻幌先輩をお金で独占できるのなら、そして、それをあの人も望んでくれたのなら、いくらでも出すって、思った。
「なんで、この仕事してんの?」
「ぇっ?」
本当は今日一日、デートできただけで充分なんだ。本当は。
慌ててる、驚いてる、困ってる、笑って、無邪気に話しかけてくる。その表情一つ一つ、視聴覚室の一番奥の席からじゃなく、隣で眺められただけで充分だったけど。
俺は相当な欲張りらしい。
少しずつ、少しずつ、麻幌先輩を独占したいっていうおこがましい欲求は膨らんでいくばっか。
あの華奢な身体を一度でも抱けたことに感動するくせに。
どうぞ、って開いてもらえたら、また、いくらでも襲いかかるんだ。
「なんでって……まぁ、そりゃ」
あの白いうなじに噛みついていいのなら、いくらでも。
「そりゃ、お金、貯めたかったから。なりたいもの? 作りたいもの? があったの」
けど、今の生活に麻幌先輩が満足してるなら、これがしたいって思ってしていて、映画のことはもうあの頃みたいに思ってないのなら、俺は邪魔したくはなくて。
「映画がさ」
けど、映画を一緒に観た。
その時、映画のことを話す麻幌先輩の表情は、あの頃、見惚れてた、あの、目が離せなくなるほど綺麗な横顔と一緒だったんだ。
「好きで」
あの頃は見ることしか叶わなかった、横顔。
「映画監督、になりたかったんだ。そのためにそういう学校にも行ってた。映像関係のことを学べる大学」
目が離せなくなって、この人を追いかけることで頭がいっぱいになった、あの。
「それでいつか映画監督になった時に少しでも足しになればってお金貯めたくて」
「それでこの仕事?」
「借金のかたに、とか、そういう悲劇のヒロインみたいなのじゃないんだよね。でも、まぁ、やった仕事が仕事じゃん? んで、業界にはそういうの趣味な人もいるわけで」
そう言って、少し苦笑いをこぼしながら、俯いてしまった。まだ濡れている髪が貴方の目元を隠すから、ちゃんと表情は見えないけれど。キュッと膝を抱えて、さっき俺にしがみついてくれた指先で、自分のつま先をギュッと握ってる。
「よくある枕営業? やらせてくれたら、映画のアシスタントに入れてやるって。助監督? 補助みたいなことさせてあげるって」
聞いた話と違ってた。尾びれがついて、噂は一人歩きをし始めてた。
「でも、これだけは、そういうのでなりたくなかったんだよね。で、学校やめて、この仕事だけが残ってました。おしまい」
この仕事をイヤイヤしてるわけじゃない。
けど、あの頃よりも笑うことは少なくなってる。
駅でもう一度貴方に出会えた時も疲れた顔してた。
デート、楽しそうにしてくれた。
映画が今もすごく好きで、高校生の時と同じ表情をしてくれた。
「芝くんが同じ監督知ってて、すっごい驚いた。映画通すぎるでしょ」
追いかけてきて、やっと捕まえた今、貴方が見せてくれた色々な表情の中で、一番、綺麗だと思った。
「あー、まぁ、そんな他愛のない話でした。っていうか、風邪引くよー。そんな格好でいたら。喉乾いた? 水、持ってこようか」
「……いや」
じゃあ、よかった。
「麻幌さん」
「? 水?」
麻幌先輩の仕事は夕方から深夜遅い時間まで。
ぽちぽちとまだ埋まっていなかった、その全てに丸をつけていく。
つけ終わったら、名前を入力して、確認。金額を――。
「いや、じゃなくて」
「?」
「提案」
「?」
貴方が今も、映画の話をする時、宝石みたいに綺麗だったから。
「今、自由に使える金全部使って、貴方のこと買った」
「え? は?」
「七日間しか無理だったけど」
「え? あの」
「七日、一週間後。正確には途中、休日あるでしょ。だから、それも入れて七日間」
貴方を追いかけてここに来たんだ。
「貴方が俺以外とセックスしたくないって、なったら」
「……」
「俺と付き合って」
「え、ねぇ」
貴方のしたいことを手伝いたい、それが俺のやりたいことなんだ。
「俺がとった予約が全部消化し終わって、次、他の客を取ったら、俺は、貴方の前から消えるから」
「何っ」
それとさ。
「九日後、俺の予約がなくなっても、俺と、したかったら」
俺って意外に図々しくて、欲張りらしいから。
最初は本当にそんなことなかったんだ。最初は、ちゃんと、貴方のことを独り占めなんてできっこないだろ、俺にとって高嶺の花なんだからって思ってた。
んだけど。
「俺と付き合って」
「! いや、だって、一週間分って」
欲しいって思った。
貴方のこと。
今、こうして、貴方にスマホの「予約状況」ってやつを見せながら。これは出せるだけ代金払って、買い占めた貴方の時間。
けど、足りなくなった。
「だから、付けるよ?」
「え、ちょ、待っ」
貴方のことを独り占めしたいんだ。叶うことなら、他の男には触れさせたくない。
「キスマーク、明日も抱くのは俺だから」
「っ」
俺だけのものにしたい。
「いいよね、付けたって」
俺だけのって、したいんだ。
「あっ、っ……」
だからキスマークをつけた。柔らかくて、しっとりと指先に馴染む気持ちいい肌に、一つ。
貴方を手に入れたくてたまらない男がここにいるって印を。
「っ」
だって、貴方は、ただの平凡で地味な男一人の人生をぐるりと方向転換させるくらい。
「明日も、明後日も、七夕が終わるまで俺しか貴方を抱かないから」
何より綺麗で、何より魅力的だから。
叶うことなら、俺だけのものに、したいんだ。
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