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第45話 明隆視点 最愛、最高
叶うことなら、俺だけのものに、したいと思った。
思ったし、それを叶えたいから、一週間の賭けをした。
けど。
「…………はぁ」
まさか、本当に叶うなんてさ。
一昨日、言ってもらえたんだ。
――好き。
そう、言ってもらえた。信じられなくて。は? マジで?って訊いたくらい。
――だから、好き。
もう一度言われてもまだ信じられなくて。
この人が?
俺のこと?
そう何度も何度も頭の中で疑問符ばっかが走り回ってた。
――芝くんが、言ったんじゃん。
少し、怒ったように呟くのがあの人らしくて、それでなんとなく実感沸いたっていうか。それでも、全然、まだ夢オチが待ってそうで、一瞬でも離れた瞬間、自分のベッドで目を覚まして、あーあ、なんだ、夢だったのかって落ち込みそうで。ずっと一緒にいた。ホラー映画を観てはしゃぐあの人を、隣で見つめてた。引き寄せると細い腰がちゃんとくっ付いてくれて、柔らかい髪が唇に確かに触れて、夢オチじゃなさそうだって安心した。
けど、離れると途端に夢だった気がしてくる。
触ってないと、この手に残ってる感触そのものが俺の妄想なんじゃないかって気がしてくる。
全部、夢なんじゃないかって。
「あれ? なになに? 明隆くんは寝不足かな?」
「……」
大学の友人の健二(けんじ)が俺の方を覗き込んできた。
「最近、講義が終わるとそそくさと帰るし。もしかして、彼女ができたのかぁ? ずっと、やってたレンタルショップのバイトも最近休んでるみたいだし」
「……あそこは、俺が勝手に店番させてもらってるだけ。客も来ないし」
「まぁな、今時、レンタルショップで映画のディスクを借りる人なんていないっしょ」
みんな、ネットで観てるもんなって笑ってる。
親戚の知り合いが今時珍しいレンタルショップを経営していて、そこで店番をさせてもらってる。
通常時給の七割くらいの激安時給。
客も来ないんだから、ただ店番をぼーっとしてるだけでお金が入ってくるんだ、俺にしてみてもラッキーだし。
店としても、破格に安いバイト時給支払うだけで、のんびりプライベート時間を満喫できるんだ。ラッキーだろ。
「……? 良いことあったとか?」
「! なんで」
「いやいや、わかるっていうか、わかっちゃうっていうか、わかりやすいっていうか」
……そっか。わかりやすい、か。
「とにかく、嬉しそうよ?」
「まぁ」
「?」
「あったよ」
顔が緩んで仕方がないくらい。顔が、頬が、ふにゃふにゃになってしょうもないくらいには。
―― 一週間、芝くんとだけして、それで、その間に、他の人とセックスしたくなくなったら、付き合ってって。
嬉しいことが、あったから。
映画を観に行こうってなった。
大学が終わってから、麻幌先輩と、麻幌先輩の好きな監督の企画上映第二弾を観に。今度はお客とする嘘の「デート」じゃなくて、本当に、本物のデートを。
大学が終わったのとほとんど同じくらいに連絡が来てた。
―― ごめん。ちょっと、お店で時間かかっちゃった、ちょっと遅れます。
そんなメッセージ。
映画デートの前に、店に辞めるって伝えると言ってたけど。何か、あった、とか? 引き留められて、なんか、妨害されてるとか? なんでも手伝うって言ったけど、もっと、強引にすればよかった。店に辞めるって言いにいくのについてくとか。
賠償金、みたいなのがあるんだったら、借金してでも俺も返すの手伝うし。
そうじゃないなら、あとは……。
「……」
連絡、あれ以来、来てないな。
麻幌さんからの連絡を待ちながら、あの駅にいた。
今度は偶然じゃなくて、探し回ってるわけでもなくて、ちゃんと待ち合わせとして。
けど、そろそろ、連絡、もう一回した方がいいかな。
本当に何かトラブってるとか?
まだ、来る気配は……。
「芝くん! 芝くんじゃん!」
振り返ると同じ大学で脚本科の仁科(にしな)だった。
「今日、早めに上がるって言ってなかったっけ? 編集、終わらなかったんだ。ごめん」
「……いや、いいよ。明日やる」
今、一緒に夏休みの課題に取り組んでるチームの一人だ。映像科の俺と、脚本科の三科、あと、今朝も話してた健二と他にも数人で、十五分の映像制作。
「でも、明日も予定詰まってなかった? 撮影のスケジュール俳優科と決めないとだし。っていうか、課題早めに切り上げて、何か用事?」
「……まぁ」
さすが脚本科。話し始めると、ペラペラと言葉が溢れるみたいに出てくる。そもそもが口下手な俺は少し、彼女の話すペースに付いてくのが疲れる時があって。特に、今みたいに、他のことで頭がいっぱいな時はほとんど彼女の言葉が耳に入って来なくなる。
「あ、もしかして、あの監督の企画上映? もしくは、あの噂の先輩の? まぁ、噂だろうけどねぇ。それに、あの映像科の山本先生、すっごいじゃん? 今、プロデューサーでしょ? 大手と、とか話あるし。」
やっぱ、連絡した方がいい気がする。少し遅くなるって言っても、なんか、胸騒ぎがしてる。
「色目使って、近道できるならって思わなくもないけど……あはは、冗談だよー。そう上手くいくわけないし。そこまでしたくないし。まぁ、そういうの本当にやる人もいるかもって話でさぁ」
なんか、あったかもしれない。
「って、ごめん! 私、これから用事があるんだっ、ごめんね! 立ち話しちゃって。また明日! 一限目、技術合同演習なんだから遅刻しないでねっ」
店のホームページに住所書いてあるはずだから、それを見て――。
「芝くん」
これだけざわついて賑やかで仕方のない駅でも、麻幌先輩の声だけは、一つ飛び抜けて響く気がする。
「ぁ、麻幌、さん」
「楽しかった?」
「?」
綺麗な声だけど、真冬の氷点下の夜空に下にでもいるみたいに、声が凍って、震えてる気がした。
「俺のことからかって、落として、騙されてるとも知らずに一喜一憂して嬉しそうにしてるとこ見て、楽しかった?」
「何……」
「何じゃないじゃん! 今、言ってたじゃん! 俺と同じ大学行って、知ってたんでしょ? 何がしたかったわけ? 風俗落ちしたバカってどんなだろうって思った?」
「ちょっ」
もしかして、今の、仁科の話を聞いて。
「ふざけんな……」
ここの駅で、うちの大学の先輩が客と話してるのを見たって噂。
客って言ってもただの客じゃなくて、男をお金で買ってセックスする、そういう客。
「ふざ、けんなっ!」
その人は映像科にいて、一つ年上で、確かに男でも、お金払えばさせてもらえるならって思うくらいに綺麗な人。
「ちょっ、麻幌さんっ!」
俺の一目惚れの相手で。
「麻幌さんっ」
俺がずっと片想いしてた相手。
「麻幌っ!」
「! ちょ、離せっ」
追いかけて、やっと捕まえた人。
「ふざけんなっ、離せっ」
だから離す訳にはいかないんだ。今、やっと捕まえたのに。
「あの合宿っ、麻幌さんが持ってきた映画が一番怖かった! 映画のタイトルも覚えてる!」
「は?」
だから、貴方を追いかけてたってわかることを急いで話した。きっと誰も知らない高校生の貴方のことを。無邪気に大人の貴方が話してくれた高校生の頃のこと以外の出来事を。
「一度だけ、麻幌さんからおすすめの映画を借りたことがあった! 一日で何回も観て! 色々感想書いたけど、緊張して、渡せなかった! 貸したの、覚えてる? いつも、部室にしてた視聴覚室の端にいた一個下。俺が勧めた映画を見てもらったことがあった! イタリア映画ので、イタリア語が聞き慣れてなくて、字幕に集中できなかったって言われた! あと、まだたくさんあるっ、麻幌さんと話したこと。貴方はあんまり覚えてないかもしれないけど」
――すっ、好きですっ!
そう、告白、したことがあるんだ。
「俺は、一度、貴方に告白したことがあった」
覚えてないだろうけど。いたんだ。真面目そうで、おとなしい、視聴覚室の一番奥の席から貴方を見てるだけで満足していた一つ年下の男子。
「断られたけど」
貴方の瞳に、今、自分が写ってることに感動しているくらい。
「俺は、あの時の一個下だよ」
ずっと、ずーっと、好きだった。
「ずっと、貴方が好きで、ずっと追いかけてたんだ」
貴方だけを。
「ずっと前から今も、ずっと、好きだったんだ」
想ってた。
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