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第47話 明隆視点 夢

 高校生の時にはわからなかった。  けど、今は。 「麻幌さん、今日って、また来てもいい?」 「もちろん」  大学に行くのがイヤだと思ったことはない。俗にいうブルーマンデーみたいなのもないし、ダルいとかも思ったことがない。だって、映画の勉強をしておけば、この人の、麻幌さんの役には立てるから。  けど、今日は初めて大学行くのがイヤだ、って思った。  ずっとこの人の隣にいたいって。  行くけどさ。  今日は、行って、やらないといけないことあるし。 「何か買ってきた方がいいもの、ある?」 「ん、へーき……たぶん」  朝が少し弱い麻幌さんはまだ頬にその余韻を残しながら、いつもの無防備な表情で、靴を履く俺のことを眺めてる。  セックスした後の色気がすごいってさ。  なんか、反則だって思う。  してる時も色っぽくて、夢中になるけど、した後にそんな表情されたら、また襲い掛かりたくなる。で、今朝も麻幌さんのその表情に煽られたし。  セックス後のこの人は、触れると極上の柔らかさで、いつもよりも体温が高くて、中に挿れたくなるんだ。柔らかくきつく締め付けてくれるのを思い出して、また味わいたくなる。唇は赤くて、柔らかくて、触れたらゼリーみたいに甘い気がする。 「……平気?」 「?」 「ふわふわしてる、麻幌さん」 「ん、だって、今朝」 「そーだね」  貴方の罠にまんまと引っかかって、朝から襲った。 「ン……んっ」  靴を履き終えて、立ち上がると、その甘いゼリーみたいな唇にキスをした。舐めて、舌を絡ませて、甘いゼリーを食べるように。ほら、またその罠に引っかかって、行ってきますのキスにしては濃厚なキスしてるし。 「……ン」  唇を離すと、ほぅ、って柔らかい吐息が濡れた唇に触れる。 「買ってこなくて、いい? ゴムとか」 「! そ、そんなには使ってない! でしょ」 「そ?」  玄関タイルの上にいる俺と、ちょうど目線の高さが同じだ。身長伸びたから、高校生の時は俺の方が小さかったけど、今は、貴方よりもデカくなれたから。 「けど、もうなくなるでしょ」  目線の高さが同じで、不慣れな角度なのか、それとも、この前買ったゴムがもうなくなりそうなくらいセックスしたこと、なのか。麻幌さんが照れてる。真っ直ぐ視線がぶつかったところで、真っ赤になって、少し困ってそうに、怒ってるみたいに、口元をきゅっと結んだ。  高校生の時は知らなかった。いや、照れたりすると口がへの字に曲がるとかは知ってたけど。  話したことはなかったから、どんなことに照れるのかまではわからなかった。  案外照れ屋なんだ。  経験豊富なくせに、こうしてセックスの話をしたら真っ赤になるし。  突然手を繋いだりしてもきっと真っ赤になると思う。  朝、同じベッドで目を覚ますだけでも赤くなってるし。本人は俺がまだ寝てるって思って無防備なまま、狸寝入りしてる俺のことをじっと眺めてるんだ。そして、そっと俺に触れてくれる。寝てるのを起こさないようにって細心の注意を払いながら。本当は寝てなくて、しっかり起きて、そんな貴方の様子をずっと堪能されてるとも知らないで。きっと、あそこでパッと目を開けたら、めちゃくちゃ真っ赤になって狼狽えるんだろうな。 「昨日、すごい使ったし、今朝も使った」 「!」  ほら、真っ赤。 「だから、今日は薬局寄ってから来るよ」 「……っ」  一瞬、麻幌さんがキュッと唇を結んだ。何か言いたそうに、けど、何も言わずに、セットしていない、無防備な前髪を指で耳に掛けた。  その仕草が高校生だった頃から好きだった。  今、身長差、いくつだろ。  わかんないけど、たぶん、体格的にしっかり筋肉あって、身長も高めのほうが好みなんだろうって、歴代の彼氏見て思ってたから、必死に牛乳飲んだんだ。苦手な運動も必死にやって。 「な、なに? じっと見て」  貴方の好みの男になれるようにって、試せることはなんだってやって。  よかった。 「なんでも、じゃあ、また」 「っ、あっ」 「?」 「い」 「?」 「行って、らっしゃい」 「……行ってきます」  高校生の時にはわからなかった。  けど、今は、違うなって思う。 「ね、麻幌さん」 「?」 「帰ってきたら、おかえりって、言ってね」 「! ほ、ほら、電車行っちゃうってば」 「うん」  綺麗な人だって思ったけど。 「行ってきます。あ、あと、泊まるから朝飯も買って来るよ。パンでいい?」 「っ、ほらっ、早くっ、電車行っちゃうよ。パンでいいからっ、行ってらっしゃい」  それじゃあ、また今度、じゃない挨拶をした。  行ってきます、いってらっしゃいって。  ゴム、たくさん使うくらい、「恋人」になってからのほうが何度も抱いた。  そして、ただいま、おかえりを言う約束をした。  明日の朝食を一緒に食べる「予約」もした。  些細な、けれど「恋人」がする小さな日常に、この人は真っ赤になるくらい。  高校生の頃はわからなかったけど、この人は綺麗だけじゃなくて、可愛くて、たまらない人だって、知ったんだ。 「お、遅刻ギリギリじゃーん」 「芝くん、おはよー」 「悪い、遅れた」 「本当だよー。夏期休暇前に課題のショートフィルムの打ち合わせしようって言い出したの芝くんなのに」 「そのことなんだけど……」  ――うーん、そうだなぁ。  ――お願いします。外部からの参加枠に。  ――けど、まぁ……才能あるのにもったいないなぁって思ってたしな。  ――お願いしますっ。  ――それなら、まぁ……。 「先週末、先生の方には話した」  夢、だったんだ。 「許可得てる」  高嶺の花だった貴方の恋人になれた俺は今、なんでもできる気がするんだ。論文百個だってやれそうな気がしてる。 「一人、参加させたい人がいる」  だから、この夢だって叶えられる気がしてる。

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