47 / 79
第47話 明隆視点 夢
高校生の時にはわからなかった。
けど、今は。
「麻幌さん、今日って、また来てもいい?」
「もちろん」
大学に行くのがイヤだと思ったことはない。俗にいうブルーマンデーみたいなのもないし、ダルいとかも思ったことがない。だって、映画の勉強をしておけば、この人の、麻幌さんの役には立てるから。
けど、今日は初めて大学行くのがイヤだ、って思った。
ずっとこの人の隣にいたいって。
行くけどさ。
今日は、行って、やらないといけないことあるし。
「何か買ってきた方がいいもの、ある?」
「ん、へーき……たぶん」
朝が少し弱い麻幌さんはまだ頬にその余韻を残しながら、いつもの無防備な表情で、靴を履く俺のことを眺めてる。
セックスした後の色気がすごいってさ。
なんか、反則だって思う。
してる時も色っぽくて、夢中になるけど、した後にそんな表情されたら、また襲い掛かりたくなる。で、今朝も麻幌さんのその表情に煽られたし。
セックス後のこの人は、触れると極上の柔らかさで、いつもよりも体温が高くて、中に挿れたくなるんだ。柔らかくきつく締め付けてくれるのを思い出して、また味わいたくなる。唇は赤くて、柔らかくて、触れたらゼリーみたいに甘い気がする。
「……平気?」
「?」
「ふわふわしてる、麻幌さん」
「ん、だって、今朝」
「そーだね」
貴方の罠にまんまと引っかかって、朝から襲った。
「ン……んっ」
靴を履き終えて、立ち上がると、その甘いゼリーみたいな唇にキスをした。舐めて、舌を絡ませて、甘いゼリーを食べるように。ほら、またその罠に引っかかって、行ってきますのキスにしては濃厚なキスしてるし。
「……ン」
唇を離すと、ほぅ、って柔らかい吐息が濡れた唇に触れる。
「買ってこなくて、いい? ゴムとか」
「! そ、そんなには使ってない! でしょ」
「そ?」
玄関タイルの上にいる俺と、ちょうど目線の高さが同じだ。身長伸びたから、高校生の時は俺の方が小さかったけど、今は、貴方よりもデカくなれたから。
「けど、もうなくなるでしょ」
目線の高さが同じで、不慣れな角度なのか、それとも、この前買ったゴムがもうなくなりそうなくらいセックスしたこと、なのか。麻幌さんが照れてる。真っ直ぐ視線がぶつかったところで、真っ赤になって、少し困ってそうに、怒ってるみたいに、口元をきゅっと結んだ。
高校生の時は知らなかった。いや、照れたりすると口がへの字に曲がるとかは知ってたけど。
話したことはなかったから、どんなことに照れるのかまではわからなかった。
案外照れ屋なんだ。
経験豊富なくせに、こうしてセックスの話をしたら真っ赤になるし。
突然手を繋いだりしてもきっと真っ赤になると思う。
朝、同じベッドで目を覚ますだけでも赤くなってるし。本人は俺がまだ寝てるって思って無防備なまま、狸寝入りしてる俺のことをじっと眺めてるんだ。そして、そっと俺に触れてくれる。寝てるのを起こさないようにって細心の注意を払いながら。本当は寝てなくて、しっかり起きて、そんな貴方の様子をずっと堪能されてるとも知らないで。きっと、あそこでパッと目を開けたら、めちゃくちゃ真っ赤になって狼狽えるんだろうな。
「昨日、すごい使ったし、今朝も使った」
「!」
ほら、真っ赤。
「だから、今日は薬局寄ってから来るよ」
「……っ」
一瞬、麻幌さんがキュッと唇を結んだ。何か言いたそうに、けど、何も言わずに、セットしていない、無防備な前髪を指で耳に掛けた。
その仕草が高校生だった頃から好きだった。
今、身長差、いくつだろ。
わかんないけど、たぶん、体格的にしっかり筋肉あって、身長も高めのほうが好みなんだろうって、歴代の彼氏見て思ってたから、必死に牛乳飲んだんだ。苦手な運動も必死にやって。
「な、なに? じっと見て」
貴方の好みの男になれるようにって、試せることはなんだってやって。
よかった。
「なんでも、じゃあ、また」
「っ、あっ」
「?」
「い」
「?」
「行って、らっしゃい」
「……行ってきます」
高校生の時にはわからなかった。
けど、今は、違うなって思う。
「ね、麻幌さん」
「?」
「帰ってきたら、おかえりって、言ってね」
「! ほ、ほら、電車行っちゃうってば」
「うん」
綺麗な人だって思ったけど。
「行ってきます。あ、あと、泊まるから朝飯も買って来るよ。パンでいい?」
「っ、ほらっ、早くっ、電車行っちゃうよ。パンでいいからっ、行ってらっしゃい」
それじゃあ、また今度、じゃない挨拶をした。
行ってきます、いってらっしゃいって。
ゴム、たくさん使うくらい、「恋人」になってからのほうが何度も抱いた。
そして、ただいま、おかえりを言う約束をした。
明日の朝食を一緒に食べる「予約」もした。
些細な、けれど「恋人」がする小さな日常に、この人は真っ赤になるくらい。
高校生の頃はわからなかったけど、この人は綺麗だけじゃなくて、可愛くて、たまらない人だって、知ったんだ。
「お、遅刻ギリギリじゃーん」
「芝くん、おはよー」
「悪い、遅れた」
「本当だよー。夏期休暇前に課題のショートフィルムの打ち合わせしようって言い出したの芝くんなのに」
「そのことなんだけど……」
――うーん、そうだなぁ。
――お願いします。外部からの参加枠に。
――けど、まぁ……才能あるのにもったいないなぁって思ってたしな。
――お願いしますっ。
――それなら、まぁ……。
「先週末、先生の方には話した」
夢、だったんだ。
「許可得てる」
高嶺の花だった貴方の恋人になれた俺は今、なんでもできる気がするんだ。論文百個だってやれそうな気がしてる。
「一人、参加させたい人がいる」
だから、この夢だって叶えられる気がしてる。
ともだちにシェアしよう!

