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第49話 ホヤホヤ、なんで
絶賛無職になったから、昼間は求人見たりしたんだけど。未経験でできそうなちゃんとした仕事ってあんまないよねぇ。倉庫系とか? 営業職はけっこうあるけど、けっこうあるってことは入れ替わりが激しいのかなって思えて。入れ替わりが激しいってことは続かない人がいいのかな、とか。
あとは製造業? 学歴が学歴だからさ。応募資格に引っ掛かっちゃう。
映像編集とかあればいいんだけど。
そういう業種って多いわけじゃないから、見つけるのも難しいし、倍率も高いんだろうね。そもそも、そういうのって特殊な求人とかあるんじゃん? それ専用の求人サイトとかさ。
けど、とりあえず、今日見た限りではなくて。
で、午後からは、レシピ探してた。
夕飯の。
可能ならアキくんが来る前までに、ジャーン、って作りたくて。
なんかないかなぁって。
「え、まだ全然、開いてないんだけど。ちょ、これ、大丈夫?」
アキくんを驚かせたいっていうかさ。
「はい? 何? 開く、よね? ……えぇ、もうフライパンのワイン蒸発したんだけど」
すご、って言わせたいっていうか。
「あ! 開いてきた! わ、すごっ! ほんとだっ!」
そのために今、アサリと悪戦苦闘中。アサリの酒蒸を作ってる。食べるのは好きだけど作ったことがなくて、半信半疑で白ワインを入れて、数分後、本当にパカって開いたことにちょっと感動したりした。
アサリの酒蒸しも初めて作った。
さっきは、イカを捌くのに必死だった。やったことないもん。一人でワーギャー大騒ぎしながら、いちいち、スマホと睨めっこしながら進めてる。
ものすっごい不慣れで、ほとんど料理なんてしたことないくせに、ちょっと挑戦するレシピ間違えたんじゃない? って思うけど、でももうこれにするって決めちゃったし。それこそ料理ど素人の俺にはここまで進めた調理を素人でも作れそうなものに方向転換することのほうが難しい。
キッチンで一人で大騒ぎしてる。
美味しいのができるかわかんないけど……でも作りたい。
アキくんに、食べさせたい。
優しくしたいんだよね。
ねぇ、君が好き、って伝わるようなことがしたいっていうか。
尽くしたい……っていう感じ?
「おお……すご。んで? お米を炒めて……へぇ、炊いてからじゃないのか……っていうか、炊いてからソース絡めて炒めたらチャーハンじゃん」
作ってるのはパエリアだってば。なんて、頭の中でツッコミを自分自身に入れて、スマホをもう一度確認した。生のお米を炒めるって斬新じゃない? 少し半透明になるの? お米が? マジで? なんて思ってたら、本当になんとなく半透明になってきた。
「んで……、次は、ソースを……」
ねぇ、君が好き。
「あとは……えっと、イカ……ね」
君が好きって、伝わるように、好きだから、今してるってわかるように。
「…………」
途中からは独り言もでないくらい、一生懸命に、人生初、料理してた。
初めて、半日もキッチンにいた。
ねぇ、これ大丈夫、だよね。
色、すごいんだけど。
本当に? 食べられる?
えぇ、なんで、俺、これチョイスしちゃったんだろう。
けど、だって、パスタソースをかけるだけだから、簡単、って書いてあったんだもん。
イカスミのパエリア。
他は大丈夫。
サラダと、タレに漬け込んでオーブンレンジのオーブン機能で焼けばよかっただけのチキンだから。
俺の脳内イメージではちょっとスペイン風をイメージしたんだよね。アキくんがイタリアのリゾットと、中華のチャーハン、作ってくれたから。
けど、なんというか、黒くて……なんかすごい。真っ黒な上に、俺が一生懸命捌いたイカとタコ、それから、本当に空いてくれるのか半信半疑だったアサリが乗っかってる。真っ黒なお米の上に。匂いは……美味しそうだけど。
やっぱ、色。
真っ黒っていうのが不安を煽る感じがして。
「……う、うーん……」
食べてみた。
端っこのところ。
ちょ、ほら、やっぱ、焦げてるし。
あ、でも、真ん中の辺りは大丈夫っぽい、美味しい。じゃあ、端っこだけ、どうにかして。
――ピンポーン。
そう思ったところで、チャイムが鳴っちゃった。パッと時計を見たら、もうアキくんが来る時間帯だったし。
「マジで?」
全然時計見れてなかったし。
大慌てで、マンション下のエントランスへ繋げると、モニター画面にアキくんが映ってた。
「は、はいっ今、開けんねっ」
軽やかな電子音が聞こえてきたら数分で来ちゃう。パッと振り返って、脳内イメージほどは素敵にできなかった料理に困ったけど。でも、もうどうにもならないじゃん。
――ピンポーン。
「は、はいはいっ! はい」
「ちわ」
トクン、って心臓が跳ねた気がした。
ただ、来ただけ。ほんと、朝、いってきますって言って、ここを出たアキくんが、ただここに戻ってきただけ。
何か特別なことなんて何もしてないのに。
胸が跳ねて、躍った。
アキくんに会えて、嬉しいって。
「た、ただいまって言わないの?」
「ぁ」
「おかえり、が言いにくいんですけど」
俺のへらず口で、への字な口に、アキくんが優しく笑った。
「ただいま」
「ぉ、かえり」
ただそれだけ。
けど、胸が躍る。
ねぇ、君に食べさせたくて、「ごちそう」作りたくて、半日もキッチンに篭っちゃったじゃん。あんま美味しくないかもだけど。パエリアは端っこがちょっと焦げちゃったし、チキンソテーは、写真で見たツヤツヤこんがりにならなかったけど。一番、普通に美味しそうなのって、サラダだけど。パエリアは味見したから、とりあえず大丈夫。食べられなくないよ?
ねぇ、食べて欲しくて頑張ったんだ。
ねぇねぇ、君のこと、喜ばせたくて頑張ったんだよ。
「すげっ、これ」
「あ、味はっ、まぁまぁだったからっ、食べられなくないよっ、まぁ、サラダが一番無難に美味しいけど、ちぎっただけだから不味くなりようがないってだけだけどさ」
「すげ、嬉しい」
ほんと? ねぇ、喜んでくれる?
「マジ、すげぇ、嬉しい」
ご褒美にさ。
「ありがと。麻幌さん」
キス、くれるくらい、喜んで――。
「……ン」
そして、抱き寄せられて、微笑んでくれてる唇にキスをもらえただけで、指先まで、ふわふわって、じんわりって、幸せ感が広がっていった。
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