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第51話 ピロートーク

 あの、ちょっと、ねぇ。  あのさ。 「よくないからっ」 「うん」 「うん、じゃなくてっ、あのねぇ、そんなズルいことをするような大人に育てた覚えは……そもそも育ててないけども、あのねっ」 「うん」  笑ってるし。  こっちは狼狽えてるのに、楽しそうだし。  だって、ズルいでしょ。  反則じゃない?  セックスの最中、しかも、もうイクって寸前でさ、名前呼びとか。  しちゃ、ダメでしょ。  だから寝る前に怒ってるのに、笑ってる。  さっきまで抱き合ってたベッドに向かい合わせで、今は睨めっこしてる。って、睨めっこしてるのは俺だけで、アキくんはすっごい楽しそうに笑ってるけど。その楽しそうな笑顔に対して、俺は乾かしてもらってふわふわになったくせっ毛を、怒った時の猫みたいに逆立ててる。  何が違うんだろ、アキくんに洗ってもらった髪はふわふわで触ると「ご機嫌」な感じに艶々してた。  身体も洗ってもらっちゃった。  腰砕けで力が入らないっていうか、指先までふにゃふにゃに柔らかくされちゃったから。もう思いきり甘えてやった。  最初から好きだったアキくんのくれるセックスは、糖度と快感が、する度に増してく気がする。 「あっ、あの頃はもっと、こう……おとなしい子だったくせにっ」 「よく育った?」  もう少しさ、生真面目ってくらいに真面目で、寡黙な感じだったでしょ?  その、こんなたっぷりの包容力で包んじゃう感じじゃなかったでしょ? 「とにかく反則だからっ」  本当に、セックスの最中に、突然、麻幌、って呼ぶのは、反則。 「うん。わかった」  めちゃくちゃ感じちゃった。  名前一つで感度上がるとかどんな魔法なわけ? そういうの知らないんだけど。回数だけなら、たくさんしてきたのにさ。アキくんよりもたくさんしてきたはずなのに。  アキくんがくれる、一つ、で一喜一憂してる。  アキくんとするセックスひとつで、身体が変わってく。  まるで、処女みたいに。抱かれる度に身体が覚えてく。恋混じりのセックスがどんな味なのか、どんな感触なのか。 「麻幌先輩」 「! ちょっ、あのっ、だからっ」  アキくんのあどけなく笑った顔が好き。  セックスの時に見せる男の顔もすごく好き。 「フツーに! いつもので! 先輩もダメ」  ねぇ、知ってる? アキくんってさ、俺の中に挿れる時、すっごくセクシーなんだよ? ドキドキして、心臓跳ねて、見惚れちゃうくらいに。 「けど、俺、最近までずっと先輩呼びだったよ。心の中で。だから、咄嵯に先輩って呼びそうで毎回気をつけてた」  そう言って、笑って、乾かしたばっかの髪をそっと長い指で撫でてくれた。 「は、はい? そうだったの?」 「だって、先輩じゃん。なんだったら、毎回、あの麻幌先輩だって感動すらしてた」 「俺に?」 「そう。憧れで、俺の一目惚れした人で、初恋だったから」 「!」  なんて勲章なんだろ。  君の大事なもの全部をもらってしまった。俺は、全然――。 「そんな顔しないでよ」 「!」 「歴代の彼氏知らなかったら、貴方の好みの男になれなかった」 「そんなのっ」 「感謝はしてる。けど」  そこで、アキくんが俺を覗き込むように顔を寄せて、柔らかく唇を重ねてくれた。ちゅるりと甘い音がして、唇がその舌に濡らされる。指先が痺れるくらいに美味しいキスに舌を出してしゃぶりつくと、手首を掴んで引き寄せてくれる。 「ん」  もっとしたくなる、甘いキス。 「けど、もう誰にもあげない」  ほんと、何を食べたら、何を飲んだら、何したら、こんな良い男に育つんだろ。 「麻幌さんのこと」  こっちこそ、誰も、いらない……です。 「独り占めしたい」  どうぞって百回くらい連呼した。胸の内で。 「麻幌さん」  アキくん以外なんて、いらないよ。  俺が君に落ちるようにって、全部を取り替えたアキくん。  身体が大きくなるようにして、スポーツ万能になるようにトレーニングして。  あの日、あの駅で俺をさらってくれたあの時からずっとかっこいいって思ってた。こんなにかっこいいんだから、わざわざお金出して買わなくてもセックスだろうにって。  けど、そんなにかっこよくなったのがさ、俺のためだったなんて。  ねぇ、すごくない? 「けど」 「? ……ンっ」  このキスだって、俺とだけしたかったなんて、すごくない?  唇を啄まれて、小さく歯を立てられると、甘い刺激にドキドキする。アキくんとするキスは特別な感触がする。 「一回、呼んでみたかったんだよね。麻幌って」 「っ」 「いつも、麻幌さんの彼氏がそう呼んでて羨ましかったから」  あぁ、もう。  どこでどうしたら、こんな大人に育つんだろ。  かっこよすぎて、たまらない。  何そのキス、反則。  ねぇ、一個下なのに、俺の方がきっとアキくんの大きな手のひらで転がされてるでしょ。おねだりされたら、なんだってできちゃう気がする。  ほんと、なんだって。 「ね、麻幌さん」 「……」 「もう一個、麻幌さんとしたかったことがあるんだけど」 「?」  なんでもできちゃう気がする。  君におねだりされたらさ。 「一緒に映画、作りたい」  なんでも。 「ショートフィルム」  どんなことだって、できちゃう気が、した。

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