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第52話 夢
――映画がさ、好きで。
夢だった。
――映画監督、になりたかったんだ。
でも、あんなことになって業界で仕事はできないだろうなぁって思った。殴っちゃったし、大学にも迷惑かけたし。
だから、仕事にするのは諦めてた。
実際に、今、新しい仕事を探さないといけなくなってみたら、もっと、あの業界でやってくのが大変なんだってわかって、余計に、じゃあ趣味でいいかなって思ったりした。
貯金ならあるからさ、カメラとか揃えて、自主制作? っていうので映画を作っていけばいいんじゃない? って思うようになってた。
っていうか、そう思う以外に、選択肢なかったし。
「一緒に映画、作りたい」
空耳、かな。
「ショートフィルム」
いつも胸の端っこの辺りにあった小さな独り言が、今、聞こえた気がした。
アキくんの低音な声で。
「……ぇ」
「夏休みの課題でショートフィルムの作成があるんだ。チーム組んで作るやつ。麻幌さんは参加したことない?」
「……ぁ」
参加したことはない。一年生はまだその時参加できなくて、三年生の課題だった。でも、大学の夏休みの課題であるって聞いたことはあった、けど。いいな、楽しそうだなって思ったのを覚えてる。
「複数の学科が合同でチーム組んでショートフィルムを作成するんだ」
知ってるよ。
知ってるけど、さ。
でも、もう俺、部外者。
「オムニバスにしようと思ってて。俺らのチーム。監督が複数人必要なんだよ。一つの、出来事をゴールにして、そのゴールに辿り着くまでの、それぞれの登場人物の視点で追いかけてくっていう形にしたくて。けど、監督がそんなにいないんだ」
何それ、おもしろそう。
「たとえばさ、俺はじっとあの憧れだった麻幌先輩って思って追いかけてたけど、麻幌さんにしてみたら、俺は突然現れた知らない男でしょ」
見る側を変えれば物事は違って見える、とかってこと。
「まだアイデアまとまってなくて、正直、どうするかわかってないんだけど。なんか、そういうふうに、角度と視点の違いを個性で分けて撮って一つにまとめるっていう形にしたい」
すご。何そのアイデア、楽しそう。
「これ、麻幌さんがくれたアイデアだよ」
「?」
「麻幌さんって、いつでもフラットで、固定概念がないから」
「……」
「無意識なんだろうけど。初めて、あの映画研究部のある視聴覚室に行った時」
何か、あったっけ? 朧げな記憶を辿っていくけど、何かすごいことをしたような記憶は少しもなくて。自然と首を傾げてた。
「俺、結構見た目で人判断してたんだ」
けれど、違ったって、アキくんが笑った。
サッカー部の、あいつのことを、苦手だと思ったアキくん。
俺は、そのサッカー部のあいつのことも、大人しくて、当時はあんまり目立たなかったアキくんのことも同じようい接していた。
「夕立がすごい日があったんだ」
その日は部活がある日で、映画を見終わって学校を出ようとしたところで大雨に遭遇した。みんなが、どうしよう困ったなぁって溜め息をついてる中で、俺だけが笑って。
――最近、雨降ってなかったから花壇のお花大喜びじゃん。
そう言って俺が笑ったって。
もちろん、覚えてないよ。何呑気に言っちゃってんの? って感じでしょ。洗濯物干してたら大変だし。雨降ってる中で帰るのだって、自転車通学の子にとっても最悪なのに。笑って、楽しそうにしてた。
みんなが好きじゃない雨。
ちょっと溜め息が溢れる雨。
でも、俺は――。
「わかってる。麻幌さんはもう大学の関係者じゃないって。その辺、先生と話した。今さ、生徒数結構少なくて、学科ごとにいる人数もバラけるんだ。で、チーム組むのも大変だし、外部に委託する部分もある。って言っても有償にはできなくて、無償でボランティアでってお願いするこになるから、大体断られてて、結局、自分たちでやりくりするんだけどさ」
雨は嫌われてるかもしれないけど。
雨が嬉しい時もあるでしょ。
「夢、だったんだ」
それは、まるで俺がずっと、ずーっと胸の内で大事に持っていた独り言みたい。
「あの時、映画のことをたくさん話してくれた、麻幌さんが映画を作る手伝いをするのが」
「!」
「実は、この、金。麻幌さんを買ってた金」
「!」
「その時のためにって貯めてた金」
「そんなっ」
「もう、麻幌さんが映画のこと諦めてるのなら、俺もいらないから、あそこで使い切ろうって思って、出したんだ」
そんなの、知らなかった。
「けど、麻幌さんは今でも映画が好きで、あの時、夢を、高校生の時みたいに話してくれたから」
そんなの、全然。
「諦めないって思った」
―― で、学校やめて、この仕事だけが残ってました。おしまい。
あの時は、苦笑いだったんだ。俺。もう、半分、諦めかけてた夢を今更語ってんなぁって思ってさ。
そしたら、君が言った。
――今、自由に使える金全部使って、貴方のこと買った。
あの時のアキくん、すごくかっこよかった。
「ね、麻幌さん」
「っ」
「頷いて欲しい。一緒に映画、作ろう」
「っ、っ」
そりゃ、かっこいいよね。
あの時、アキくんは俺を丸ごと、買ってくれたんだもん。
自由に使えるお金ぜーんぶ使って、苦笑いを溢して、諦めてる夢を語る俺と、その諦めちゃったけど、くしゃくしゃで、一生懸命に皺を伸ばしても、やっぱりくしゃくしゃになっちゃうけど、それでも握りしめてた夢を。全部、丸ごと買ってくれたんだ。
「頷いて」
「っ」
「一緒に」
そんなの、ガラスの靴を探し回る王子様よりもかっこいいでしょ。
「ぅ……ん。あの……うん」
好きにならないわけがない、でしょ。
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