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第53話 今、一歩
うん。
なんて言ってはみた、けどさ。
「ね、ねぇ、あのさっ、本当に、せんせーの許可とか取ったの? 俺、中退してんだけどっ、しかもっ、講師をぶん殴って」
今日、これから、そのショートフィルム作成チームのみんなとの顔合わせに参加させてもらうことになった。
なっちゃった。
夕方から。
部外者である俺も含めた打ち合わせになるし、堅苦しくならないほうがいいだろうって、食事会、というか飲み会を兼ねた打ち合わせになった。
着替えて、あとは……電車の時間が来たら、出かけるだけってところで。
足踏みした。
なんか急にダメな気がしてきて。
だって、どう考えたって、アウトじゃない? 外部からお願いすることが可能っていうのは知ってる。
俺が一年の時はさ、確かに、じゃあ、ペーペーだけど一年に頼めばいいのに、とか思ったけど。そしたら、俺が助監督でもなんでもやるのに。外部に足りない人材探して、先生に許可もらって、なんて面倒なことしなくても、ここにいますよーなんて思ってた。内心、ちょっと自分のセンスに自信とかあったし。そこら辺の生徒になら負けないし、とか思ってたし。
今は、もちろん、そんなこと思ってない。
ほんと、世間を知らないっていうか、無鉄砲だったっていうか。
「大丈夫だよ。ぶん殴った山本はもう講師じゃない。大学にいないよ」
そう、だったっけ。そう言ってたね、あの女の子が。
プロデュ―サーしてるんだよね。どっぷり業界人って感じなのかな。
「講師の、小川って覚えてない?」
「小川…………あ!」
「その人、麻幌さんのことすごい評価してくれてたって」
「!」
小川先生、だ。よく課題を見てくれたから覚えてる。あの騒動の時も、そんな枕みたいなことは人間はうちの学生にはいない、一切、って言ってくれたって。俺だけじゃなく、全員のことを守ってくれてたって。
「その人に相談してある。監督担当が足りないから外部から招きたいって言って。麻幌さんのこと話したら、上手くやってくれるって。けど、ごめん、条件とかはやっぱあって、報奨とかなし、発表の時には立ち会えない」
「そんなのっ、全然っ」
全然、謝ることじゃない。むしろ、俺のために、そんなことしなくていいのに。
「俺がしたかったんだ」
きっと、俺が辺な顔してた。だって、俺は自分でそっちを選んだんだよ。選択間違えた自分のせいなのに。大学だって、居づらくなって自分から辞めただけのことで、どんな噂を立てられようが、白い目で見られようが、しがみつくっていう選択肢だってあったのに、それを選ばなかったんだ。
「貴方のことを追いかけてここに来たって言ったじゃん」
「っ」
「これは俺がしたくてしたことだよ。実際、勝手に先生に相談した。チームにも事前に勝手に伝えてる。麻幌さんが嫌がるかもしれないのに、だから」
「嫌がるなんてことっ」
嫌がったりなんてしない。
諦めたくはないけど、もう高校生の頃に持ってた夢の形からはかなり崩れてた。原型はほとんど留めてない感じに崩れて、、ふわふわになってた。
いつか、でいいやって思ってた。今すぐには無理って思ったし。
いつか、お金を貯めて。
いつか、自主制作でだっていいでしょって。
「……嫌がる、わけないじゃん」
なのに。
「ブランクありまくりだけどっ」
「センスにブランクも何もないでしょ」
「はい? そんなセンスがそもそもないってば」
「そう?」
ふわりと君が笑ってる。
君が、俺の胸の内にずっといた「いつか」を確かなものに変えてくれた。
「けど、麻幌さんならきっとセンスあると思うよ」
「な、ないってば」
「映画研究部に持ってきてくれた映画、いつもセンス良かった」
「いやいや、あれはただ選んだだけで」
「そんなことない。麻幌さんがよく話してた」
「!」
映画を見終わった後に、このシーンのカットがすごく良かった、こっちのシーンの引きが最高だった。
「俺、あの時の麻幌さんの横顔を見るのが好きだった」
「!」
「それを助監督っていう立場で近くで見るために追いかけたんだ」
胸が熱くなるっていうの、初めて体験した。
「そ、そんな良いものじゃ、なくない?」
泣きそう、なんですけど。
「良いものだよ」
「っ」
そんな優しく触れられると、泣いちゃうんですけど。
「今、そんな可愛い顔されると困るんだ」
「?」
「電車、そろそろ時間」
「! うわっ、マジじゃんっ、行くよっ」
わしゃっと、鷲掴みに自分の鞄を持つと、パッと立ち上がった。その切り替えの速さにアキくんが笑いながら、ゆっくり立ち上がる。
「ちょっ、急ぐっ」
「平気だって。一本くらい乗り遅れても。チームの奴らも別に時間結構ルーズだから」
「最初が肝心! 時間厳守は社会人のマナーです!」
「っぷ、真面目」
いや、真面目なのはアキくんでしょ。いつも視聴覚室一番乗りだったじゃんて、言いながら、その大きな背中をグイグイ押した。ねぇ、あえて、ちょっと俺に手に寄りかかってない? ちょっと、重いんですけど。進まないし。
「ほらっ、行くよ!」
「急に元気」
「いや、慌ててるだけですっ」
足踏みしてる場合じゃないんですけど。ほら、君がなんだか急に背中を預けてくるから、こっちは足踏みどころか、ぐいぐいと押していかないと行けなくて。
気がつけば、なんだか力強く、玄関を飛び出してた。
さぁ行くぞって、君を押してた。
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