53 / 79

第53話 今、一歩

 うん。  なんて言ってはみた、けどさ。 「ね、ねぇ、あのさっ、本当に、せんせーの許可とか取ったの? 俺、中退してんだけどっ、しかもっ、講師をぶん殴って」  今日、これから、そのショートフィルム作成チームのみんなとの顔合わせに参加させてもらうことになった。  なっちゃった。  夕方から。  部外者である俺も含めた打ち合わせになるし、堅苦しくならないほうがいいだろうって、食事会、というか飲み会を兼ねた打ち合わせになった。  着替えて、あとは……電車の時間が来たら、出かけるだけってところで。  足踏みした。  なんか急にダメな気がしてきて。  だって、どう考えたって、アウトじゃない? 外部からお願いすることが可能っていうのは知ってる。  俺が一年の時はさ、確かに、じゃあ、ペーペーだけど一年に頼めばいいのに、とか思ったけど。そしたら、俺が助監督でもなんでもやるのに。外部に足りない人材探して、先生に許可もらって、なんて面倒なことしなくても、ここにいますよーなんて思ってた。内心、ちょっと自分のセンスに自信とかあったし。そこら辺の生徒になら負けないし、とか思ってたし。  今は、もちろん、そんなこと思ってない。  ほんと、世間を知らないっていうか、無鉄砲だったっていうか。 「大丈夫だよ。ぶん殴った山本はもう講師じゃない。大学にいないよ」  そう、だったっけ。そう言ってたね、あの女の子が。  プロデュ―サーしてるんだよね。どっぷり業界人って感じなのかな。 「講師の、小川って覚えてない?」 「小川…………あ!」 「その人、麻幌さんのことすごい評価してくれてたって」 「!」  小川先生、だ。よく課題を見てくれたから覚えてる。あの騒動の時も、そんな枕みたいなことは人間はうちの学生にはいない、一切、って言ってくれたって。俺だけじゃなく、全員のことを守ってくれてたって。 「その人に相談してある。監督担当が足りないから外部から招きたいって言って。麻幌さんのこと話したら、上手くやってくれるって。けど、ごめん、条件とかはやっぱあって、報奨とかなし、発表の時には立ち会えない」 「そんなのっ、全然っ」  全然、謝ることじゃない。むしろ、俺のために、そんなことしなくていいのに。 「俺がしたかったんだ」  きっと、俺が辺な顔してた。だって、俺は自分でそっちを選んだんだよ。選択間違えた自分のせいなのに。大学だって、居づらくなって自分から辞めただけのことで、どんな噂を立てられようが、白い目で見られようが、しがみつくっていう選択肢だってあったのに、それを選ばなかったんだ。 「貴方のことを追いかけてここに来たって言ったじゃん」 「っ」 「これは俺がしたくてしたことだよ。実際、勝手に先生に相談した。チームにも事前に勝手に伝えてる。麻幌さんが嫌がるかもしれないのに、だから」 「嫌がるなんてことっ」  嫌がったりなんてしない。  諦めたくはないけど、もう高校生の頃に持ってた夢の形からはかなり崩れてた。原型はほとんど留めてない感じに崩れて、、ふわふわになってた。  いつか、でいいやって思ってた。今すぐには無理って思ったし。  いつか、お金を貯めて。  いつか、自主制作でだっていいでしょって。 「……嫌がる、わけないじゃん」  なのに。 「ブランクありまくりだけどっ」 「センスにブランクも何もないでしょ」 「はい? そんなセンスがそもそもないってば」 「そう?」  ふわりと君が笑ってる。  君が、俺の胸の内にずっといた「いつか」を確かなものに変えてくれた。 「けど、麻幌さんならきっとセンスあると思うよ」 「な、ないってば」 「映画研究部に持ってきてくれた映画、いつもセンス良かった」 「いやいや、あれはただ選んだだけで」 「そんなことない。麻幌さんがよく話してた」 「!」  映画を見終わった後に、このシーンのカットがすごく良かった、こっちのシーンの引きが最高だった。 「俺、あの時の麻幌さんの横顔を見るのが好きだった」 「!」 「それを助監督っていう立場で近くで見るために追いかけたんだ」  胸が熱くなるっていうの、初めて体験した。 「そ、そんな良いものじゃ、なくない?」  泣きそう、なんですけど。 「良いものだよ」 「っ」  そんな優しく触れられると、泣いちゃうんですけど。 「今、そんな可愛い顔されると困るんだ」 「?」 「電車、そろそろ時間」 「! うわっ、マジじゃんっ、行くよっ」  わしゃっと、鷲掴みに自分の鞄を持つと、パッと立ち上がった。その切り替えの速さにアキくんが笑いながら、ゆっくり立ち上がる。 「ちょっ、急ぐっ」 「平気だって。一本くらい乗り遅れても。チームの奴らも別に時間結構ルーズだから」 「最初が肝心! 時間厳守は社会人のマナーです!」 「っぷ、真面目」  いや、真面目なのはアキくんでしょ。いつも視聴覚室一番乗りだったじゃんて、言いながら、その大きな背中をグイグイ押した。ねぇ、あえて、ちょっと俺に手に寄りかかってない? ちょっと、重いんですけど。進まないし。 「ほらっ、行くよ!」 「急に元気」 「いや、慌ててるだけですっ」  足踏みしてる場合じゃないんですけど。ほら、君がなんだか急に背中を預けてくるから、こっちは足踏みどころか、ぐいぐいと押していかないと行けなくて。  気がつけば、なんだか力強く、玄関を飛び出してた。  さぁ行くぞって、君を押してた。

ともだちにシェアしよう!