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第54話 虹

「初めまして。えと、脚本担当してる、脚本科の仁科で、す」  あの子だ。  駅で。  見かけた。  アキくんに話しかけてた子、だ。かわいー、肌ピチピチって、俺と歳が離れてるわけじゃないのに。なんか、すっごくかけ離れて見えるし。悪い意味での経験値の差っていうか。素直にスクスク、寄り道もせず、迷子にもならずに大学生してる感じ。 「僕は編集科の坂本(さかもと)健二でーす」  ニコッと笑うとエクボができる子だ。「子」って言っても、この人も俺と歳離れてないんだけど。 「で、撮影照明科の」  はい。アキくん、ね。そっか。撮影照明、本当に監督の補助の仕事をしようとしてたんだ。 「ぁ……えと、俺は、元、演出科の、陽野、麻幌です」  ぺこりとお辞儀をすると、みんなも、ぺこぺこってお辞儀をしてくれた。  あと、音響科の人は他のグループにも参加してて、今日は忙しくて打ち合わせには来れなかったって教えてくれた。  他にも、VFX科もいるけど、お酒の席は苦手だからって断られちゃったんだって。普段はVFX科って映像に効果を足したりする勉強してる。加工が主な学科だから。その科でも監督業に繋がりそうなことは勉強していて。今回のグループ課題で監督やってみたいって言ってくれてる。  それから、ドキュメンタリー科からも一人。ドキュメントを撮らせてくれるならって。  合わせて、六人。  と、俺、で七人。 「あと、演者さんは」 「あ、グループに属さないんじゃなかったっけ?」  確か。そう。  作品によっては、大勢演者を使いたいってところもあるから、俳優科の人だけはどこかの選任ってしない。どこのグループにも属さずに、演者としてオファーがあればそれを受ける。もちろん、オーディションをすることもあって。って言っても、オーディションを開催するようなグループなんて、ほんと、ひとつかふたつだったけど。俺が大学にいた頃にはオーディションを開催したとこがひとつあって。けど、もうそういうとこって、ちょっと群を抜いてセンスピカイチだったり、すでに何かしら映画関係のコンテストで賞を獲ってるようなチームだった。あとは大体、グループ側がオファーを出して、演者の方がその作品を気に入ればって感じ。 「あ、そうなんすよ。なんでこっちからいくつかオファーは出してますけどぉ」 「オムニバスで、ってことは演者も多くなる、よね」 「そうなんすよー!」  あ。  こういうノリ。 「演者こそ、外部から呼ぶの難しくて」 「本当ぉ。演じるってことにお金なしでやってくれる人ってなかなかいなくて」  懐かしー。  久しぶりだ。 「まぁ、役者やってる人って、お金持ちさんいないしね」 「そうなんすよ!」 「こっちも生活があるんでって言われちゃうんです」  映画の話を無邪気にできるの、懐かしい。 「しかも、どんなオムニバスっていうところからで。VFX科はなんか壮大すぎること言うし。ドキュメンタリー科の人は、めちゃ地味で坦々としてるの推してくるし」 「あはは、学科の特色」 「ですですっ」  高校の時、それから大学に通ってた時も、映画の話がたくさんできて楽しかった。自分のおすすめ映画をすでに観たことがある人とかに遭遇すると、もう話が止まらなくて。 「まずはオムニバスをまとめるところから、なんですけどぉ」 「まずはチームとしては小さいんで」  仁科さんと健二くんが同時に溜め息を吐き出した。  確かに映画制作をするには人数少ないって感じるけど。でも――。 「みんながただの素人なら、この人数で作るの無理があると思うけど」  ほら、俺、もう諦めかけてたからさ。 「映画の知識がめっちゃあるみんなだし、VFX科の人がいれば、セットとか、ロケも最小限でいけそうだから」 「確かに!」 「うんうん」  自主制作映画でいっか、なんて思ってたから。  頭の中では一人で淡々と作っていく工程を想像してた。案外、そんなに人数いなくてもいけるよ。演者も工夫したら、良いと思うし。ほら、一応、映画業界を引っ張っていく人材の育成する大学じゃん? 一般教養も学ぶけど、他の映画の知識もたくさん勉強するでしょ? 苦手だったけど、VFX関係を俺も昔勉強したし。脚本も課題で書いたことあるし。 「まずはオムニバスの芯っていうか、骨を決めて」 「うんうんっ」 「何か、アイデアとかは?」 「……うーん」  俺はきつい時、しんどい時、映画を観て、一瞬、リアルの世界から別の、小さな部屋に移動してゆっくり休憩をする。そんな感覚だった。  いろんなことがあるけど。  失恋してしんどいとか。  仕事がきついとか。  映画が観たいなぁって、ポツリと思う時って、ちょっと疲れた時で。 「じゃあさ」  失恋して悲しい人。  仕事でヘトヘトな人。  気分転換に、休憩に、リラックスに。 「ちょうど、七人だし、虹をテーマにするのは?」  人それぞれ、何かしら、映画で笑顔に、ワクワクした気分に、テンション上げるために、何かしら、なりたいことがあって映画を観たりする。 「ふと、大きな虹が空にかかって、それをいろんな、それぞれの境遇にいる人が見上げて、気持ちが晴れる、っていう、オムニバス」  しんどいなぁって時に空を見上げたら大きな虹がかかってた。  仕事でへまばっかで、落ち込んでた時に。  忙しくてヘットヘトな時に。  ふと、見上げたら空に大きな虹がかかっていた。  ちょっとテンション上がるでしょ? 「タイトルは……」  シンプルだけど。  そう、ほぼ同時にみんながそれを言った。  虹。  このチームで作る映画の、タイトル。

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