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第55話 一人の部屋
タイトルは、虹。
ちょっと捻りがなさすぎ? タイトルセンスもやっぱ評価に繋がるよね。そしたら、あそこ、なんだっけ、そうそう、マネジメントコースの人にアドバイスもらったりするといいかもしれない。あそこって、映画のプロモとかに特化したコースで、そういうの得意な人多かったから。多言語話せるの人も多かったと思った。だから、ボキャブラリーすごそうでしょ?
脚本科の仁科さんもテーマが絞れたから脚本書きやすいって、表情が明るかった。
俺はどんなふうに撮ろうかな。
なんとなくラストシーンは頭の中にあるんだけど。そうそう、そのラストシーンだよね。どこがいいだろう。やっぱ、空が大きく見える場所がいいよね。公園? 展望台とか? いや、近所に展望台なんてないし。あんまり遠くない方がいい。身近な場所。ふと見上げたら虹があった、そんな感じ。撮影も大変だし。
「……楽しそう」
「えっ?」
パッと顔を上げたら、アキくんが頬杖をつきながら笑ってる。打ち合わせを兼ねた飲み会を終えて、それぞれ解散した。そのまま、アキくんは俺の部屋まで来て、今、お茶を出したとこ。お酒はお店でたくさん飲んだから大丈夫って。外、夜なのに、すごい暑かったんだよね。お店を出た瞬間、まだたっぷり残ってる熱気にしかめっ面になっちゃうくらい。帰ってくるだけでもじっとり汗をかく感じだった。
脚本担当の仁科さんはこのあと、六本、脚本作らないといけないからって元気に帰って行った。「虹」だから六本のドラマと、ドキュメンタリー科の子が作るドキュメントが一本。合わせて七本のお話になる。
お話ができてからロケ地とかは確認すればいいかなってことになったんだけど。ラストシーンの「虹」が出るところだけは今のうちからロケ地探さないとかなって。それは俺が引く受けたんだ。みんな大学あって昼間忙しいでしょ。けど、虹って出るの夕方なんだよね。陽が落ちかけた頃とか、午後とか。だからその時間に太陽の日差しとかも考えて、虹が映える場所を探さないといけなくて。
「な、何……笑って、アキくん」
ちょっと照れくさい。
今、どんなの作ろうって、頭の中が「虹」でいっぱいだったから。
変な顔してなかった? 俺。
すっごい無意識の表情っていうかさ。
「昔の麻幌さんみたい」
高校生の、些細なことすらはしゃいじゃうくらいに楽しかった頃。夜更かしをするだけで楽しくて仕方なかった頃。
大人になったら、夜更かしなんてちっとも楽しくなくなった。むしろヘトヘトで、早く寝たいって思うくらい。
「あの、ありがと」
今日、楽しかった。
仁科さんと健二くんと四人で映画のことを話しながら、お酒飲んで、ご飯食べて。
もうずっとお酒の席は仕事の愚痴とか業界の話ばっかりだった。映画の話なんてしない。
好きな映画のことを語るのも、知らない映画の話を聞くのもすごくすごく楽しかったよ。
全部、アキくんのおかげだ。
「あ、えと、今日も泊まってくでしょ? 着替えもあるし」
「あー……やめとく」
「えっ!」
ちょっと、素で大きな声出しちゃった。
「いやとかじゃない」
「……」
「今日の麻幌さん可愛いから、襲う。けど、明日も仕事の面接入ってるって言ってたでしょ」
うん。映画も楽しいけど、仕事は見つけないと、なので。明日も物流倉庫の仕事の面接が十時から入ってる。
「寝坊させられないし」
頑張らないと。
「けど、寝坊させる自信ある」
「っぷは、何その自信」
「……」
笑ったら、アキくんも笑って、キスをしてくれた。
「じゃあ、帰るよ」
「あ、うん」
「それじゃ」
「うん」
送んなくてもいいのにね。駅から歩いて一分、二分の駅近マンションだもん。けど、送ってくれた。優しいよね。
「……さてと」
一人が通常だった部屋。人と接するどころじゃない密着する仕事だったから、こうして一人になれると、心底ホッとした。
最近は、一人の部屋が少し物足りない。空間が余ってる感じがする。アキくん一人分がぽっかり開いちゃってるような。
けど、今はまたちょっと変わった。
「虹のロケ地……探さなくちゃ……と、? アキくん?」
忘れ物?
まだ帰っていってから、数分しか経ってないのに電話が来たから、何か忘れたのかと思って、周囲を見渡しながら電話に出た。
スマホ、は、今電話してるから忘れてないでしょ?
じゃあ、お財布?
「もしもし? アキくん?」
『ごめん』
「ううん。忘れ物?」
『……いや』
「?」
じゃあ、なんで電話? そう首を傾げた。
『…………まだもう少し一緒にいたかったから』
最近は、アキくんが大学に行ってる間とか、部屋でポツンってなってる気がして、寂しかった。ちょうどいい快適な広さだった部屋は、少し広すぎに感じてた。
「っぷ、あはは、帰った意味」
『これなら面接の邪魔にはならない』
けど、今は。
「邪魔になんてそもそもなってないのに」
またちょっと変わったんだ。
「じゃあ、アキくんが部屋に着くまで話してる?」
『電車来たら切るよ』
「オッケーって、この時間だと本数減っちゃってない?」
『だからちょうどいい。麻幌さんと話せるから』
「っぷ」
『ロケ地探し。土日一緒にしよう』
「うん。デートも兼ねて」
『ぜひ」
一人でも、なんか心地いい。
ヘトヘトでとにかく一人になりたい、っていうのとは違う。
ただ、君に想ってもらえてると感じながら過ごす一人の空間は不思議と寂しくなかった。
「どっかないかなぁ」
『……うん』
不思議と心地よかった。
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