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第57話 ふわっふわ

「はぁぁぁぁ…………」  そーんな重たい溜め息付かなくても良くない? 「っぷ」 「っ、笑わないでってば。マジでっ、本当にしくじった」  真っ赤になりながら、うちのリビングにある、二人で使うには少し小さい気がするローテーブルに肘をついて、口元だけを手で覆い隠してる。照れ隠しとか、恥ずかしい時にする、アキくんのクセなんだろうなって、最近、気がついた。 「まさか、オーナーの人をお客と間違えたなんて」  うちのマンションの下、エントランスのところで俺が知らない年上の男と話してるのを見て、お客だって思い込んじゃったんだって。マンションまで付けてきた、執着してるお客だって、慌てて、俺とオーナーの間に割って入って、威嚇しまくって。  あの人がお客じゃないって気がついたのは、「シバくん」って呼ばれた時だった。 「もお、マジでさ……」  すこぉぉしだけ、高校生の時のアキくんがちょっとだけ顔を出した感じがした。  もうずっと大人びて、あの頃の面影なんてちっともないけど、ちょっとこういう時はあの頃のあどけないところが顔を出してる。 「大丈夫だって、あの人、そんなことで怒ったりする感じじゃないし」 「……」 「笑っておしまい。なんかね、仕事、大丈夫か? って心配してくれただけ。倉庫での商品管理とかじゃ、正社員になるのも難しいだろうしって。ほら、夜職は履歴書に書けないじゃん?」  けっこう人気でした。ナンバーワンにではないけど、それでもほぼ毎日予約は入ってた、中くらいよりは少し上です。人との関わりなら、ふかぁくできます。営業スマイルもばっちりです。  なんて、就職面接で言えないでしょ。 「お店のところで」 「!」 「あ、違う違う。出戻りに勧誘じゃなくて、経理とか事務仕事やってみないかって言ってくれたの。一応、そしたら事務経験者になれるから。本当、何にもないんだよね」  それもいいよね。あのお店で経理とか勉強して、資格取ってさ。実務経験もプラスできるわけだし。 「なら、余計に、本当、ごめん」 「全然、むしろ、お姫様を助ける王子様? って感じだったよって、まぁ、俺がお姫様キャラとは正反対だけどさ」  まず性別違うしねって笑った。  そんなに謝らなくてもオーナーは本当にちっとも、これっぽっちも、このこと気にしてないよ。社会人経験は豊富だし。大体のことには怒らないし、気持ちが波打つこともないんじゃないかな。 「……けど、それはそれで、なんか」 「?」  なんか? 何? って首を傾げたら。  口元を覆ってた手の中で一つ小さめの溜め息をこぼした。 「大人の余裕って感じがして」  して? 「……焦る」 「…………っぶ、あははは」 「いやっ、笑い事じゃなくてっ」 「だって、あはは」 「っ、麻幌さん」  あ、呼び方、もとに戻ってる。 「だって焦る必要なんてないでしょ。俺が好きなの、アキくんだもん」  まだ少し、アキくんは実感がないのかも。好きなのは君、って口に出しただけで、キュッと唇を真一文字にして、その言葉を咥えて飲み込んだように見える。 「まぁ、一応、元セフレだけど」 「えぇぇぇっ」 「も、あの、その数回、ね。今は、もちろん、アキくん! だけです!」 「いや……」  ショック、か。まぁ、そうだよね。 「過去の人ってことにショックなわけじゃなくて」  じゃなくて? 「テク……敵わなそうって思って」 「!」 「あの人、なんか」 「…………っぷ、あはははははは」  もしかしたら今日一番笑ったかも。 「いや、マジで焦るよっ」  確かに、オーナーはセックスすっごい上手だったけど。 「アキくんが最高に気持ちいい」 「!」  叶わないよ。アキくんには、誰も。 「一番、好き。全部」 「!」 「大好き」  だって、俺、恋愛、下手だし、こういう時、変な顔して可愛くないことを言うタイプなのに。すっごい素直に言っちゃってる。つい、ポロリと、こぼれちゃってる。 「アキくんには誰も敵いません」  そしてそそくさと隣に座った。  テーブルは、一人でしか使わないから大きいの必要がなかったんだ。今はちょっと手狭だけど、こうしてくっつくにはちょうどいい。 「大人の余裕なんてなくていいよ。むしろ、今ですら、俺、ふわふわしちゃってるから、それで大人の男の色気とか出されちゃったら、もう」 「じゃあ、頑張る」  えぇ? 何その言い方。すごい可愛い。 「大人の色気も包容力も、全部出してく」  まだ続いてるんだな、だって言われた。  そうだね。まだ続いてる。 「ほどほどに」 「いや、すっごい頑張る」 「いやいや、俺、さっき、麻幌って、名前だけで呼んでくれたので、もうふわふわなので」 「麻幌?」 「ドキってするじゃん」  けど、まだ、じゃないんだ。 「麻幌」 「はぁい」 「麻幌……」 「ン」  俺、まだ続いてるじゃなくて、実はさ、もっとずっと、ずーっと続いて欲しいって思ってる。  内心、アキくんとずーっと、続いてたいって思ってるんだ。 「ドキって、した?」 「したよ……胸、触ってみる? セクハラ発言だけど。アキくんに触ってもらおうと思って言ってみた」 「っぷ」  彼と、ずーっと続いていたいって願ってるんだ。

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