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第59話 頑張れちゃう

 いつも選択肢を間違えちゃうんだよね。  今回も間違えてるかも。  すっごいちゃんと考えたけど、でも、やっぱりこっちじゃなかったって、後で思うかも。だけど、今の自分の気持ちに素直になってみた。 「働いてたお店で経理とかさせてくれるって言ったじゃん?」 「あー、うん」  きっとすっごくいいと思うんだ。  経理の勉強できて、経験値にさせてもらえて、尚且つ、お給料だってもらえる。しかも、教えてくれるのはオーナーなんでしょ? わかんないってなってもきっとちゃんと教えてくれそうじゃん。知り合いばっかなのも助かる。  でもさ――。 「実務経験になるし、いいと思うんだ」 「……あぁ」  今日の飲み会、楽しかった。  目的は、虹が映えるスポット探し、だったんだけどさ。 「仁科さん、すっごい楽しい子だね」 「? あぁ、そう、かな」  俺が仕事の話をするかと思ったら、急に仁科さんのことを話し始めて、アキくんが不思議そうな顔してる。酔っ払ってるからかな? って、俺のぴょんぴょんとあっちこっちに飛ぶ話を諭すことなく聞いてくれる。  楽しすぎて少し酔っ払っちゃった。お酒は強いほうなんだけど。ほら、一歩一歩、歩く自分の足が、ふわふわしてる。スニーカーにしてよかった。暑いからってサンダルにしてたら脱げちゃいそう。なんか足取りがすっごい怪しいもん。 「テンション上がると、あの子に似てない? ほら、部活でホラーが好きだった女の子いたじゃん」 「……?」 「えぇ? 覚えてないの? ほらほら、スプラッターものが好きな子でさぁ。夏になると異様にテンション高くてさぁ」 「ぁ」 「思い出した? あの子に雰囲気だけだけど、アキくんが俺のこと探してくれてた時の話をする時のテンションが」 「確かに」  そう言って笑ったアキくんの前髪を夜風が撫でた。 「まさか、あんなに面白い子だとは」 「……」  俺もつられるように、にこやかに笑ったら、今度は仏頂面になっちゃった。ヤキモチな顔。 「あはは、またそこで、その顔するー」 「そりゃ、する」  最初はさ、きっと、俺の好みになろうとキャラ固めしてあったんだと思う。すっごくかっこいいけど、常にかっこいい顔してた。もう三百六十度、どっから見てもかっこいい顔。けど、最近は、今みたいに、むっすぅ、ってした顔をしてくれる。無防備に無邪気な笑った顔を見せてくれる。そんなアキくんの方がもっとかっこいいって、思う。 「最初、アキくんのこと好きなんだろうなぁって思った」 「はい? ないよ。あいつシナリオ作りのことしか頭にないと思う」 「あいつ、だって。仲良しじゃん」 「! それはっ」 「むっすぅ」 「!」  わざと、ムスッとした顔をしてみせた。 「可愛……」 「えぇっ! いや、今のブス顔だったでしょ」 「めちゃくちゃ可愛かった」 「あはは、アキくんってば」  健二くんも楽しい子だよね。って、「子」って呼んじゃうけど、実は一つしか違わないからほぼ同年代。  けど、「子」って感じがするんだよね。 「虹スポット、どっかないかなぁ」 「……」 「そう時間ないもんねぇ」  みんなと映画の話をして、お酒飲んで、はしゃいで。すっごく楽しい。楽しくて、ふわっと身体の力が抜けていく感じがした。  力んでた。  いつも。  選択肢を間違えないようにって、肩に力を入れながら、二つある選択肢の一つを、むぎゅってにぎるように手に取るみたいな気持ちでいたんだけどさ。  なんか、そこまでぎゅっと肩に、手に、力を入れてたら、疲れちゃうでしょ。  疲れた時は、考えまとまらないしさ。間違えやすいでしょ? 「あ、ね、アキくん」 「?」  今日も日中は暑くてしんどかったけど。あちち! って、つい言っちゃうくらいに強烈な日差しだったけど、夜になったらすごく心地いい風が吹いてきた。夜の散歩をしたくなるような。 「仕事、さ」 「……」 「倉庫の仕事、頑張ろうと思って」 「……」  きっとお店に戻った方が「楽」だったと思うんだ。  だから、この選択肢は間違えてるかもしれないんだけどさ。 「俺、映画のことばっかだったしさぁ、その後はあの業界でしょ? まぁ、ちょっと、一般的な路線じゃないとこ進んでたし」  オーナーが言ってくれたことに素直に頷けばよかったって、思うかもしれないけど。  自分で見つけた仕事を頑張ってみたい。 「けど! 倉庫の仕事だけじゃきっと、ここから先に続かないとも思うし」  倉庫の仕事を得られたのだってきっと俺が何か認められたから、ってことじゃないと思う。人手が足りてなかったとかそういうことなんだろうなって。必要なスキルも特になかったし。未経験者で職歴ほとんど空っぽ状態で人材としては……な俺なのに、ほぼ即決だったし。 「経理は、別にやりたいわけじゃないけど、思ったんだよね。資格ってあると便利だなって。だから、カラーコーディネートの資格とかさ、映画関係の仕事をいつか探す時の手助けになる資格の勉強も一緒に始めようかなって思って」 「!」 「倉庫の仕事やりながら頑張るね」 「うん」  わ。 「応援する」  アキくんの色んな表情に、胸が躍るんだよ。  今の、くしゃってさせた笑った顔に、とろとろに気持ちがとろけてく。三百六十度、かっこよかった前よりもずっと、ずっと。 「ありがとー」 「いつから?」 「明後日。早くない?」 「そっか」  アキくんが今見せてくれた、くしゃくしゃな笑顔に、かっこいいなぁって見惚れてる。 「力仕事もあるみたいだからさ」 「平気?」 「もちろん! 体力だけは自信あるよ。あの仕事してたから」 「たしかに」  その笑顔が見られるなら、何でも頑張れちゃう気がするって思った。

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