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第60話 最強

 ――仕事頑張って。  そんなメッセージが朝、アキくんから届いた。  ちょっと緊張してた俺は、そのメッセージに背中をぽんぽんってしてもらえたような気がして、ふっと気持ちが軽くなった。 「あ、あった」  今日は倉庫での初仕事。  初日は遅番になった。シフト制の早番、遅番、二交代制。夜勤はなし。  フォークリフトとかが運転できると尚大歓迎なんだって。でも、なくても大丈夫、だそうです。  私服でオーケー。上だけユニフォームが支給。力仕事も多少はあります。なので、多分たくさんあります。  動きやすい軽装が良いんだそうです。 「過去問……入門……」  初仕事の前に少し時間があったから、ネットで色々探してた。カラーコーディネートのテキストとか。 「わ、何これ」  そしたら、低予算映画を高等技法で大作に変える技術、なんて本を見つけて、ちょっと、ポチりたくなった。  気になるんですけど。  でも、あるよね。制作総費用そんだけ? みたいなのに、めちゃくちゃ大ヒットした映画って。うわ、すごい! って思ったのもあるし、なんかラストシーンまで見ても「?」しか頭に残らなかった謎の映画もある。 「へぇ」  とりあえずカラーコーディネートは入門編を通販で買ってみた。低予算映画がすごくなる技法も……迷ったけど、買っちゃった。それ読んだからって、何か俺のセンスがピカピカに磨かれるわけじゃないけどさ。 「あ、やば! もう出ないとじゃん!」  でも、今すごく勉強したい気分だったから。  そして、五分前行動、って新社会人みたいなことを呟きながら、ジーパンにTシャツ。ものすごい軽装で外に飛び出した。 「あっつ……」  職場になる倉庫は駅から歩いて三十分。ものすごく不便なとこ。近くに、といってもすぐ目の前とかじゃなく、歩いて五分くらいのところにコンビニが一軒あるだけ。工業団地だから、お隣も、道を挟んだ向かいも、後も、全部工場か社屋になってる。  車通勤可だけど、車は持ってないから、この物流倉庫で出してくれてる送迎バスを利用することにした。  その送迎バスから降りると、午後一時ちょっと前、強烈な日差しが肌を焼くように降り注いでて、思わず、しかめっ面になった。  物流倉庫はめちゃくちゃ大きくて、まだ新しい社屋なんだけど、そこに車が次から次に入ってくる。従業員の乗用車も、それからトラックも。まるで吸い込まれるみたいに。そして、吐き出すみたいに、倉庫の方から、きっと荷物をたくさん詰め込んであるんだろうトラックが次から次に出ていく。  人の姿は敷地内の外では見かけなかったけど、中に入るとたくさんいた。  俺の配属先は……。 「……よしっ」  あった。物流倉庫の一角。先にスマホで教えてもらっていた構内図を頼りに、辿り着いた。  中に入って、採用担当の人見つけて、制服もらって。 「あ、今日からよろしくお願いします」 「……ども」  おー。ちょっとぶっきらぼうな人だ。帽子を深めに被ってるから顔がよく見えないけど、若い人。アキくんくらい背はありそう。  同じ職場の人、だ。 「あの、すみません。今日からここで働くんですけど……受け入れ室って……」 「あっち」  短くそれだけを言うと、彼は指を指してくれた。  あっち。  あっち、壁ですけど。 「あっちの角」 「あ」  壁、じゃなくて、あっちの角か。 「ありがとうございます」  そして、ぺこりと頭を下げて、「あっち」へ向かって駆け出した。  頑張ろう。  そう胸の内で自分に応援を送って、背中に背負ったリュックの中でカラーコーディネート入門編の、ちょっと重いテキストを揺らしながら、駆け足で、初出勤、初、仕事に挑んだ。 「いたたた……」  もうすでに筋肉痛なんだけど。っていうか、その日のうちに筋肉痛とかってなるんです? 翌日、起きたら激痛でしたとかそういう感じじゃないの?  一日中歩き回ってた。荷物を直に抱えて移動することはほとんどないんだけど。機械が一緒にやってくれるところもたくさんあるし。ベルト? でガタガタ配送エリアまで荷物たちは勝手に移動してくれるし。でも、そのベルトに乗せたり、棚から下ろして台車に載せるのは人間の役目で。そんなに重たいものなんてないんだけど、せいぜい五キロくらい。けど、それも一日に何百個ってなるとね。  一日動き回って足もパンパン。荷物をあっちこっちから降ろして、乗せて、で、腕もけっこうヘトヘト。  なるほど、遅番の方が確かに人気ないかもね。  こっから夕飯って、ちょっと面倒だ。  けど、前職が前職だったからさ。  体力的には全然、楽なほう。単純に俺の筋肉とかが足りてないだけで。もっと、しんどい疲れで早朝ヘロヘロになりながら帰ってきたことだって。 「麻幌さん」 「!」  あったし。 「お疲れ様」  だから、全然、平気。 「ただいま」  そう思ったけど。  でも、もっと平気になった。 「初出勤、疲れたでしょ」  もう、身体がふわふわに軽くなってさ。 「これ、作って持ってきた。チャーハン。弁当にしようかなって思ったんだけど、ワンプレートの方が食べやすいだろうって思って」  今、きっと五キロの荷物、ものすごい勢いでベルトに乗せられるよ。 「麻幌さん?」 「ど、しよ」 「?」 「なんか、嬉しくて溶けるかと思った」 「え? 溶けないでよ」 「いや、マジで溶けるかと」 「いやいや」  すご。 「ありがと」  好きな人がいる。その人も俺を好きでいてくれて、こうして支えてくれる。ただそれだけでさ。 「どういたしまして」  最強になれるなんてさ、すごいよね。

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