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第63話 作ったイケメンと天然モノイケメン

 すごいよね。  セックスして元気になるっていうか、気持ちが前向きになって、朝、鏡に映った自分にちょっと口元緩むとかさ。  そういうセックスがあるなんて思わなかった。  もっと陰湿っていうかさ。後めたい、とまではいかなくても、なんかいかがわしいっていうかさ。  昨日、アキくんとセックスして、体調万全どころかいい感じで、今日なら五キロ超えの重量なのも軽々運べそうな気がしてる。 「すみませーん。こっちの伝票に、これが……」  ほら、声も弾んでて――。 「いや、伝票は?」 「……」 「いやいや、見つかるまで探してよ」  怒られてた。  あの、彼が。  無愛想な「あっち」だけ言う彼が。  って、今、「伝票」ってあの偉そうな人が言ってたよね? 見つかるまで探してよって。 「あ、あのっ伝票って、これです?」  大急ぎでその偉そうな人と「あっち」クンの間に割り混むと、俺の方に紛れ込んでた伝票を差し出した。差し出された伝票を見て、偉そうな人がピクリと眉を動かして、もう一言くらい「あっち」クンに文句を言いたそうにしていた口をキュッと結んだ。 「すみません。こっちのに混ざり込んでて」  まぁ、ちょっと、ですよね。  彼、無愛想だし、言葉少ないし。コミュニケーションとか苦手そうだもん。そう、目くじら立てたくなるのもわかる、かなぁ……って、思うけど。 「すみませんっ、最初に俺の方で伝票の確認を全部すればよかったんですけど、ちょっと、してなくて。すぐに渡せませんでした。伝票の混入気をつけますっ」  そう深く頭を下げると、偉そうな人は渋々、「まぁ……あれば」ってゴニョゴニョ呟いてこの場を立ち去ってくれた。 「……」 「ごめん。じゃあ、伝票、お願いします。俺も早く気がつけばよかったんだけど。今度混ざってたらすぐに届けるからさ」 「……謝る必要なくないか? 別に故意に混ぜた訳じゃないのに」  お。喋った。しかもけっこう長く。  いろんな人に接する仕事してたから。  こういう、ものすごい無口な人も接客したことあるよ。え? 俺をデリバリー頼んだのお客様ですよね? って言いたくなるくらいに無口で無反応っていうか何をして欲しいのかわかんない人。 「まぁね。けど、キレてる人に色々状況話したって、理由言ったって聞かないでしょ」 「……」 「その時間分もお給料出てるんだし、仕事してなんぼだし。だから、ああ言うのはスルーが一番だよ」  プライドが、とかあるかもしれないけど。  ごめんなさーい、って言って、早く仕事に戻れるんならその方が良くない? ああいう人って真面目に取っ組み合いすると、こっちも疲弊しちゃうから。ガミガミ襲い掛かられても、サッと横からすり抜けてくくらいがちょうどいい。  それでも、こっちの気持ちが少し傾いてたり、疲弊してると、ああいう偉そうな人に突っかかりたくなるけど、今日の俺は、ほら。  アキくん効果でメンタル、フィジカル共に、リフレッシュ済みなので。 「テキパキ仕事を頑張る、のほうがいいじゃん。ああ言う人の相手してるより、気持ち的にさ」 「……」 「じゃあ、伝票よろしくお願いします」 「ぁ」  カウンターに「すみません、僕が迷子になんてなるから、ガミガミ言われちゃって」って言いたそうなペラペラ、ちょっと皺くちゃな伝票を置いて、自分の持ち場に戻ろうとした時だった。「あっち」クンが何か呟いたのが聞こえて振り返った。 「……りがと」  そう、本当に。ほっんとうに、小さな、まさに蚊の鳴くような声で、「あっち」クンがそう呟いたのが聞こえた。  その時だけ、彼が顔を上げてた。  そしたら、「あっち」クンがさ――。 「はいっ?」  おー。すごい眉間の皺。 「すごいイケメンだった」 「ちょっ!」  ずっと俯いててわかんなかったんだよね。「あっち」クンの顔。背はアキくんくらいあってモデルさんみたいだなぁって思ったけど。前髪長すぎて、俯いてるし、背中もなんか丸めて歩くから、顔、全然見えなかったんだけど。  そんなにイケメンなのにもったいないって思うくらいにはかっこよかった。背筋伸ばして、髪、どっかサロンでばさっと切ってもらっちゃったら、ほんと、モデルって思われるんじゃない? 「そいつと職場近いの?」 「んー、お隣」 「!」 「って、別に、向こうもただの新入り程度だってば」 「はい? 麻幌さん、自分の顔見たことある? めちゃくちゃ綺麗な顔してるんだけど?」  すっごい褒められてるのに、ちっとも褒められてる実感が湧かないくらいに怒られてて、ちょっと不思議。 「もうそんな美人に優しくされたらイチコロだって」 「いやいや」 「いやいや、マジで」 「っぷ」 「笑い事じゃないから」 「だって」 「しかも、そんな褒められるくらいにイケメンって」  うん。めっちゃかっこよかったよ。女の子も職場にはいるんだけど、顔見せながら歩いたら、人気になるんじゃないかなぁ。 「はぁ」  そこでアキくんが思い切り大きな溜め息を一つ吐き出した。ちょっと、そんなふうに憂いの表情されるとドキドキするんですが。 「アキくん、イケメンじゃん。女子人気あるでしょ?」 「知らない。麻幌さんしか興味ないです」  あ、こういう時にだけ年下風に敬悟使うのとか、蕩ける。 「それに俺は作ってるけど、そいつ天然のイケメンでしょ? そっちの方が本物じゃん」  心配そうにしてくれるのが嬉しくて、ヤキモチしてくれるのが気持ち良くて。  とろん、って。 「本物とか知りませーん」  好きが蕩ける。 「俺も、アキくんしか興味ないんで」  蕩けて、舌先が柔らかくなったから。 「ね、アキくん」  触れるキスをして誘った。 「今日もヘトヘトなので、アキくんを充電したいです」  そしたらきっと明日も頑張れるし、どっかで怒られてる人がいたら、ささっと助け舟を出すくらいに、メンタルもフィジカルも元気になれるから。  君がキスしてくれるよう、その懐に入り込んで、お風呂上がりでいい匂いがする身体で擦り寄った。 「麻幌、さん……」 「ン、それ気持ち、ぃ」  君に今日も抱いてもらえるように丁寧に仕上げた身体を開いて見せた。

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