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第64話 アキくんは心配性

「うーん……」  やっぱ、ちょっときついよね。 「うーん」  まぁ、しばらくなら大丈夫だけどさ。そのうち、ダメだよね。 「……」  家賃。  そこそこ売れてた。  ナオほどじゃないけど、予約はまぁまぁ埋まってたし、新規からリピートしてくれるお客さんもけっこういた  そこそこ稼いでたから、今住んでるとこ、まぁまぁ家賃高くてさ。倉庫でのピッキング作業のお給料だけじゃちょっと予算オーバーしちゃってる。  引っ越しするならアキくんのとこの近くが。  っていうかアキくんの住んでるとこ知らなくない? 今度教えてもらわなくちゃ。もしくは一緒に住ん――。  いやいや、それは俺の都合すぎるでしょ。アキくんにも色々都合があるだろうしさ。  今、休憩してるところだった。今日は遅番。休憩は三時間に一回、時間は十分。エアコンは効いてるけど、ずっと動いてるからやっぱ汗だくになる。けど、水筒とか飲料は、荷物を濡らしたりすることのないよう、現場には持ち込めないことになってる。だから、休憩時間にしっかり休んで水分補給をしておかないと。  その十分の休憩の間に、なんとなぁく、今住んでるところの近くでもう少し安いところがないかなって探してた。前は狭くても広くても、一人暮らしだし、気にならなかったんだけど、今は、ほら。  アキくんがいるから。  少しだけお風呂の広さとか、自炊することも増えたからキッチンの広さとか。一緒に眠るから寝室のこととか、色々考えちゃったりして。あと、あの大学に通ってるなら、大体住んでる場所、あの辺りかなぁと。 「……チス」 「!」  突然、声をかけられて、顔を上げると「あっち」クンがいた。 「今日、こっちのエリア、荷物多いからヘルプにって言われて」 「あ、はい。ありがとう、ございます」 「っす」  ぺこりと「あっち」くんがお辞儀をして、テキパキと仕事をし始めた 「ぁ……すんません」 「?」 「名前、聞いてもいいっすか?」 「あ、うん。はい。えと、陽野です。陽野麻幌」 「……」 「面白い名前でしょ? あ、えと、じゃあ」  あだ名は「あっち」クンなんだけど、今日後半ずっと一緒にやるのなら名前知らないと面倒だから。 「島崎宏太(しまざきこうた)」 「あっち」クンは島崎くん。 「了解! じゃあ、島崎くん、よろしくお願いします」 「しゃす」  本当に無口な彼は背の高いところにある首をぺこりと下げた。そして、顔を上げると、やっぱりイケメンで、もったいないなぁって、勝手に残念がっちゃった。 「へぇ、じゃあ、俺の二ヶ月先輩だ」 「たったのっす」 「いやいや、先輩は先輩でしょ」  ちなみに俺の前職では、二ヶ月続けばもうれっきとした「先輩」枠に入るからね。ローテーションはめちゃくちゃ早くて、一ヶ月どころか一週間で辞めちゃう子もいるくらいだから。二ヶ月も続けていればもう大先輩だよ。とは、言わなかったけど。 「陽野さんの方が慣れるの早いし」 「あは、それは、器用なので」 「羨ましいっす」 「あざーっす」  無口だと思ってた彼は案外けっこう話す方なのかも。仕事中もちらほらと会話しながらだった。昨日、サッカー見てたらどうのとか。この前、配送前チェックやった時、暑くて死ぬかと思ったとか。あっちこっち、方向性バラバラに他愛のない話をしながらだったからか。今日は終わるのがとても早く感じられた。感じられただけじゃなくて本当に速くて。片付けもぱっぱっと済ませられたから。一本早い送迎バスに乗ることもできた。基本的には早番遅番の入りと出それぞれに二本ずつくらい送迎バスが駅と倉庫の間を行き来してくれてる。 「陽野さんって、明日も遅番すか?」  今日もアキくん、来てくれるって言ってたから。駅で何か買って行こうかな。この間、帰り道で見つけた焼き鳥屋さんがたまらなくいい匂いしてて、買ってくと、すごい喜んで食べてくれたけど。また買おうかな。  いや。  うーん。  節約するべき? 「あ、うん。遅番」 「そっすか」  家賃のこと考えて。でも、焼き鳥数本で家賃事情が苦しくなるなら、そもそもすでに苦しいでしょって話だし。  少しだけやっぱ買って行こうかなと思ったところで送迎バスが駅に到着した。プシュっと空気の抜ける音がしたと同時に送迎バスの扉が開いて、ゾロゾロと人が降りていく。  今日の後半からずっと話してた島崎くんも、背が高いせいで、かなり前屈みになりながら、バスを降りた。  そして、俺も降りた瞬間――。 「麻幌さん!」  その声に思い切り振り返っちゃった。 「え、アキくん、ここまで迎えに来たの?」 「ついでです」 「いや、ついでじゃないでしょ」  ここ、うちのマンション最寄り駅があって、大学があって、その先にあるもん。うちのマンション最寄り駅があって、倉庫最寄り駅があって、大学じゃないんだから、ついでにならないのに。 「陽野、さん?」  島崎くんがきょとんとしてた。まぁ、そうでしょう。男同士、なら友人って思うだろうし、その友人が職場の最寄駅送迎バスのあたりまで迎えに来るって珍しいだろうから。 「ぁ」  彼は……の後、彼氏って言おうか、どうしようか迷っていたら、パッとアキくんの背中が俺の視界を遮った。 「こんにちは。いつも麻幌さんがお世話になって」 「こーくん?」  今度は可愛い女の子の声が割り込んできた。そして、ひょこって、島崎くんの大きな背中から肩のラインよりもずっと背の低い女の子が顔を覗かせた。  多分、彼女、さん。 「すんません。彼女、来たんで、俺、こっち」  そして、やっぱり無口な島崎くんはその彼女と一緒に駅へと向かって歩いてく。 「…………っぷ」 「!」 「アキくん、俺、そんなにモテキャラじゃないってば」 「!」  オーナーの時と同じように勘違いしたことに、アキくんが真っ赤になって失敗したって呟いてた。  俺はひとしきり笑って、アキくんはその場に穴を掘って埋まりたそうに小さくしゃがんで。  島崎くんたちが駅へと向かってからしばらくした後、ようやく駅へと向かって歩き出した。

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