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第65話 不安、一粒

 ほんと、そんなにモテキャラじゃないから。アキくんに特別モテただけでさ。 「っぷ、あはは」  ご飯食べながら、思わず、笑いが吹き出しちゃった。 「ああ、もぉっ、そんなに笑うことないでしょ!」  そして、ちょっと怒った口調で、アキくんがねぎま串を一本パクッと食べた。 「だって」  笑うでしょ。  前にオーナーがマンションまで来た時は、お客さんが追いかけてきたんだと勘違いした。  今回、島崎くんのことを勘違いして。駅まで迎えに来てくれたところで、俺と一緒にいた彼が、俺のことが好きになっちゃったんじゃないかって、思ったそうで。 「マジで、しくじった」 「そんなにゲイの人ばっかりいるわけないじゃん」 「んなの、わかんない。俺は麻幌さんに出会うまでは、全然」  そうなの? じゃあ、アキくんってさ、恋愛対象、もしかして――。 「麻幌さん、高校の時、めちゃくちゃモテてたし。前の仕事の時だって、けっこう予約埋まってた。マジで、数日取れないとかあった」  あんまり、その辺り、考えなかった。アキくんの恋愛対象。 「今でも綺麗だし。モテないわけないし。俺にしてみたら、男全員、ライバルっていうか」 「俺、どんな美人なの。っていうか、どんな美人だとしたって、道端歩いてただけで好かれちゃうなんてことあるわけないじゃん」 「んなの、わかんない。少なくとも俺は、ほとんど一目惚れだし。だから、焦る」  じゃあ、アキくんの恋愛対象ってさ。  じゃあ、アキくんって、高校の時、あの部活に入った時からずっと。 「女の子、好き?」 「?」 「アキくんって、恋愛対象はそもそもは女の子?」 「……」  そっか。 「じゃあ、ほかの……なんか、綺麗な、ほら、この前一緒に見た映画のめちゃイケメン俳優さんがアキくんを誘惑したら」  わ。それってすごくない?  今、脳内で想像したのか、その瞬間、ものすごく、嫌そうな顔してる。どんな苦瓜を生で食べたの? ってくらいに渋くて苦い顔。 「じゃあ、俺が誘惑したら?」 「んなの」  大きな手が俺を引き寄せて、自分の上に座らせちゃう。  甘い予感がお腹の奥のとこをツクンって走って、性感帯のスイッチをオンにする。 「即、だよ」 「あっ、ン……ふっ」  焼き鳥買ってきたし。俺は明日遅番だし。大学へはここから迎えばいいよ。この前、大学終わりにうちに来た時の服があるから、大学用の着替えも置いてあるんだし。だから、ね?  今日はたくさんしたい。  一回じゃなくて、もっと、たくさん。  ヤキモチとか、好き。  束縛とか、嬉しい。  アキくんが縛ってくれると、痺れて気持ちいい。  だから、ぎゅっとその首にしがみつきながら、したい気持ちを堪えることなく、甘い声に溶かしてこぼしてく。 「あ、あンっ」  服を捲り上げられて、乳首を甘噛みされると、ギュンってお腹の奥が締め付けられる。  アキくんの歯が乳首に当たるのがすごく気持ちいい。 「あ、気持ち、もっと噛んで」 「……」 「あ、あ、あっ」  だから、ツンと尖った乳首をアキくんの唇に押し付けながら、その頭のてっぺんにキスをして。 「アキくん、ここ……」  手を君の下腹部へと伸ばして、撫でた。 「しゃぶりたい」  もう硬くて熱くて、お腹に当たるとこっちがズキズキしてくる、アキくんの熱。 「あ……む」  身体をズラして、アキくんの足の間にうずくまると、ルームパンツと下着を一緒に引っ張り下げた。  ピタンって頬に当たったそれに楽しそうにキスをしてから、パクりと咥えると、気持ち良くなるのはアキくんのはずなのに、俺も気持ち良くて。 「ン」  喉奥がキュッと君を締め付けた。 「今度、アキくんの部屋行きたい」  甘い時間を過ごした後、いつも通りに一緒にベッドに入ったところで、突然、そんなことを言ってみた。  突然すぎて、ほら、アキくんが目を丸くしてる。  ちょっとだけ、胸のうちにあったんだよね。小さな不安。本当に小さな不安。  アキくんの部屋に行ったことがないのが、ちょっとだけ、ね。ほら、ずっと、毎回、恋愛に必死になってた頃は浮気されることばっかだったから。もしかして、アキくんの部屋にもそういうことあったり……しないよね? っていう、不安。  本当に小さいよ。砂粒くらいの大きさしかない。  だって、愛されてるって実感あるから。  けどそれでも砂粒くらいの小ささでも、ゼロにはならなくて。口の中に、指先に、たった一粒でも砂があると気になるみたいに、ずっと、ちょっとだけ気になってた。 「……ダメ?」  アキくんは少し、困った顔してる。  それが、砂粒くらいの大きさだった不安をちょっとだけ大きく、砂利くらいに膨らませてく。 「ごめん、急に。やっぱなんでも、」 「違う。全然来てもらって構わないんだけど」  じゃあ、なんで、困った顔。 「ダサい、から」 「……」 「いや、部屋に麻幌さんを連れ込む設定はなかったから、ずっと、実家で使ってたものそのまま持ち込んでたりして、けっこう普通にダサい」 「……」 「机も、まんま、小学生から使ってたヤツだし。ベッドもソファーベッドで小学生の時のだし」 「……フっ」 「!」 「あは、なんだ」  砂粒が消えた。 「いや、笑い事じゃないから。麻幌さんの部屋、すごいオシャレだし。マジで」 「やだ。絶対に見たい」  また困った顔したけど。 「行ってもいい?」 「…………いいけど」  やった。 「マジで、ダサいよ」 「うん」  嬉しい。 「本当に普通に」 「うん」  楽しみ。 「いや、本当にっ」 「うん」  君の困った顔が嬉しくて楽しくて、部屋の説明を慌ただしく始める唇に一つ、今日一番はしゃいだキスをした。 「本当にっ」 「うん」  笑顔と困り顔でキスをした。

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