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第67話 結果論だけど
配送担当は基本二人で一組。
今回は島崎くんがドライバー担当で、俺が配送担当。
荷下ろしとか荷積みの作業時間もあるけど、基本的には倉庫と倉庫の移動時間のほうが多いかな。
「さっき、確かに訊かれました……ね」
風俗してたらしいじゃん? 知ってる? って、ニヤニヤしながら訊かれたんだって。
「けど、知らないから、知らないし。俺にもあんたにも、それ、関係あんの? んで、どこの部署? って聞いた」
「ぇ?」
「それ聞いた途端に、なんでもないって帰ってった」
物流倉庫はものすごい広さで、面接の時、俺も全部のフロアを見学させてもらったわけじゃなかった。自分が担当してる部門に関係のあるところしか知らない。だから、さっき俺のことを噂していた人達のことも全く知らない。
「ここ、確か配送業だから伝票とか扱うじゃないすか。個人情報保護? とか、厳しいんで。それは従業員も」
確かに、伝票には送り主とか送り先の住所がバッチリ書いてある。
「だから、そういう個人情報を平気でペラペラしゃべるのはダメっしょ」
「うん」
「あと、俺、そういうアホな奴ら嫌いなんで」
「……うん」
「もう。来ないっすよ。来たら言ってください。俺の上司、性格悪いんで」
「あ!」
伝票ないって言って、島崎くんのところでめちゃくちゃガミガミ言ってたっけ。ちょっとうるさいなぁって思ったけど、そっか、伝票って個人情報満載じゃん。そんなものを無くしたとなったら一大事だ。
「ね?」
そうだった、ってあの時の剣幕を思い出してると、でしょ? って言いたそうに島崎くんが前を向いたまま、口元を釣り上げて笑ってる。
「けど、びっくりした、でしょ。俺の前職が」
「全然。っていうか、前の仕事がどんなとかあんまどうでもいいっていうか」
ぶっきらぼうな言い方が島崎くんらしいなって思った。「あっち」って、端的に話す彼らしいなって。
「……ありがと」
そう小さく呟くと、ちょうど信号が赤で止まった。島崎くんは変わらず前を向きながら、別に、お礼言われることしてないって、またぶっきらぼうに、端的に呟いた。
信号待ちで、時間も何かを待ってるみたいに、ゆっくり静かで。
島崎くんはハンドルを握ったまま、じっと前を見て。
「俺」
「?」
「この仕事、好きじゃなくて」
「……」
まぁ、そんなに楽しそうにはしてない、かな。
「なんか、低層な仕事っていうか」
「……」
「俺、彼女と結婚したくて」
この前の、あの子か。すごい可愛らしい子だったな。小さくて、なんか……ハムスターみたいな。
「それもあって、就職活動始めたんです。けど、学歴ないし、フリーターしてたから職歴も微妙で。なかなか見つからなくて、とにかく定職に就かないとやばいってあそこに」
「そっか」
「彼女の親に挨拶、行きたいんですけど……あの仕事で、認めてもらえんのかなって。彼女はどんな仕事でも一生懸命やってればいいじゃんって言うんですけど。別に給料高いわけじゃないし」
彼女は高卒で就職した建築会社の事務をしてるらしい。正社員。島崎くよりも安定していて、しっかりしていて。全然違うからと小さく低い声でボソッと呟いた。
「他の仕事、探さないとかなって考えてたら、陽野さんが入ってきたんです」
そういえば、最初、すごく怖い顔して仕事してたっけ。不機嫌そうな、不貞腐れてそうな。
「一生懸命仕事してて、いっつも笑顔で、他の人も、陽野さんと仕事する時笑顔で。なんかいいなって思ったんです」
「……」
「嫌そうにやってる俺と同じ仕事してるようには見えなかった」
そうして、ようやく車がまた発信した。次の倉庫まであともう少し。
「それ見てたら、仕事の種類は関係ないのかもって思った」
「……」
「だから、別に前の仕事がどうとかあんま気にならないし。それに、多分、次、またああいうの噂しに来る奴いても、他の誰かがフォローすると思う。陽野さん、仕事頑張ってるから」
どんな仕事でも、頑張るよ。
それでも、やっぱどっか溜め息が混ざってた。やっぱどっか、俯きがちだった。考えたって仕方ないけど、あの時、オーナーの誘いに乗らなかったら……なんて、ことを考えそうになることは何度もあった。
何度も、別の選択肢があったんじゃないかなって、考えそうに。
「彼女さんのうち、行くの?」
「再来週、行こうって話してます」
「そっか」
けど、あの仕事をして、悪いこともあったけど、まぁ良いこともあったりした。
あの仕事をしてたからアキくんにも見つけてもらえた。
アキくんに見つけてもらえたらから、仕事を辞めようって思って。あの仕事を辞めたから、この仕事をしてて。
「わ、すご、この坂道」
「あー、すごいっすよね」
配送車が走るのは長い長い下さり坂だった。坂道の多い場所で、隆起した地形を削るように道が切り開かれていて。もくもくと入道雲みたいな木々の間をすり抜けるように坂道を下っていく。
「あ!」
「? 陽野さん?」
ここ、すごく空が大きく見える。大きな木と明るい屋根色が可愛い民家が立ち並んでいて。配送車のフロントガラスの向こうを確かめるように前に身体を倒して空を見上げた。
「ここ……」
虹がかかったら素敵だと思う。
「やった」
「?」
あの仕事を辞めたから、この仕事をしてて。
アキくんに出会えたから、映画を、夢だった映画を撮ることができそうで。
この仕事をしてたから。
「虹」
映画のラスト、虹がかかったら最高にいい感じのこの場所が見つかった。
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