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第68話 同僚
映画のラストシーン、虹が映えるスポットないかなぁって探してた。
灯台、山の頂上、ビルの屋上、でも、どこもちょっと違う。
もう少し、日常の中がいい。ドキュメンタリー科の人も監督として加わるのなら、尚更、日常のふとした場所がいい。大丈夫。VFXの人が綺麗に虹なら作ってくれる。必要なのは土台だけ。
あぁ、今日も疲れたなぁ。
今日は頑張ったなぁ。
あーあ、もう一日が終わって明日になっちゃうなぁ。
そう思った時に、ふと、見上げた空に虹があってさ。
ラッキーって思える。
明日もなんか頑張ろうかなぁって思える。
そういうの。
「あ、あのっ、島崎くん! ちょっとだけ、五分でいいから止まってもらってもいい?」
「え?」
「お願いっ」
急な坂道。のぼるのはちょっとげんなりしちゃいそうな急勾配。けど、下りなら、ぜひ、自転車で下りたくなるような坂。歩道は広くて、木々が道路の両サイドにまるで歩く人に日陰を作ってあげるみたいに枝を広げてる。上りきったところで坂の上にあるレストランの駐車場になっているからか、少し開けていた。
ここがいい。
ここをいろんな思いを抱えた七人の主人公たちが通りがかって、空を見上げる。そこには大きな虹がかかってる。
「……よしっ」
そんなラストシーン。
「陽野さん?」
「! ごめんっ! 今、戻るねっ」
島崎くんが降りちゃいけない配送車の運転席から身を乗り出してた。盗難や事故防止のためにドライバー担当の人は倉庫に到着して完全停止するまでは運転席を降りられないから。
ロケ地資料として写真を撮りまくった後、大慌てで配送車へと戻った。
――いい感じの場所、見つけたよ。
そんなメッセージを「レインボー」そう命名したグループへと写真と共に、送信しておいた。
イメージが明確になっちゃえば、作品の進捗はぐんと早くなる。
もう、夏休み終わっちゃうし。
脚本はもう出来上がった。
担当は、劇的展開とロマンチックが大好きな仁科さん。大体が五分くらいずつのショートでも、六本も話を考えるのって大変なことだけど、楽しそうに進めてる。一本はドキュメントだからシナリオなしなんだ。健二くんが手伝ってるらしいけど、どんな話になるのかは俺たちもわかんなくて、ちょっと楽しみにしてたりする
それで、俺は……ね。
「うん。ありがとー。メールで確認しとく。演者さんは……ごめん、これも外部からって思って。アキくんにもそれでいいかは確認してある」
俺は、俺のことを映画にしょうかなって思った。
仁科さんにはそれを伝えて、脚本を作ってもらった。メールで送ってくれたから確認しつつ、今から電車移動するとこ。
仕事が、ここのところ遅番が多くて時間が作れなかった。遅番だと、終わった時は、もうあの「仕事」は真っ最中だからさ。早番じゃないと。
とくに――。
「…………マホ」
彼は人気ナンバーワンだから。
オープン前に捕まえないと、早朝、仕事の終わりまで連絡も取れない。送迎ドライバーの人と連絡取り合うところからなら多分電話もできるだろうけど、俺はもう、部外者だから。それは使っちゃダメでしょ。
「久しぶり」
「……」
彼がいい。
「ナオ」
俺が仁科さんにお願いした脚本。夜職をしている主人公が虹を見て、頑張ろうって思えるような一瞬を切り取りたかった。辛いお話にはしたくなかった。どんな仕事でも仕事は仕事でしょ。
「……どう? そっちは、マホ」
その呼ばれ方久しぶりだなぁって思った。
「大変だよ。倉庫でピッキング? の作業してる」
「……へぇ」
ナオは相変わらず、綺麗で、ピカピカしてた。肌艶が良くて、髪も艶々で、そこらの芸能人より綺麗だって、今は尚更思う。ドキッとする綺麗さが、ナオにはある。倉庫で仕事してて、そんな男、見たことないよ。
倉庫はやっぱ埃っぽいし、手袋は一日で黒くなるし。エアコン完備されてたって、終わった頃には汗だく。
あと、地味。制服のカラーと同じ、くすんだモスグリーンって感じ。
お給料は安いし。収入はかなり減ったから、引越し先探してる最中だし。なんとなく、筋肉ついた気がするし。でも、元気に仕事してる。前の、夜職だった時みたいに。
どんな仕事だって楽しい! 大好き! 毎日、したい! 休みなんていりません! なんてことないでしょ? まぁ、そういう人もたまにはいるかもしれないけど……それは特殊な人だけで。大体の人は大が付くほど、その仕事が好きってわけじゃないと思う。その中でも楽しいことだったり、嬉しいことを自分なりに見つけて、採算付けて、日々仕事してるんじゃないかな。
どんな仕事も、同じだって思うんだ。
身体を売ってお金をもらうのだって、その身体を使って、力いっぱい、駆け回ってお金をもらうのだって。
「もう夜職抜けたのに、何か用?」
「ごめんね。急に抜けて」
「……別に、仕事仲間だっただけだし。だから仕事辞めたんなら」
夜職は、辞める人が多くて、数ヶ月続けられたらもうベテランさんって感じ。だから、そこに長くいた俺とナオはどこかお互い思うところがあって。仕事以外でもちょくちょくランチしたりしてた。夜はそれぞれお客さんがついてるから。
「あのさ」
それが突然なくなったら、けっこう寂しいよね。
「映画、出て欲しい」
「……は?」
「ナオに、俺が撮る映画に出て欲しい」
仕事仲間が突然やめたら、寂しいし、仏頂面にだってなるよね。
「…………は?」
その仏頂面が、俺の提案に、キラキラ艶々なナオはそのおでこに、大きなはてなマークを貼り付けてた。作り込んでないその表情は綺麗じゃなくて、可愛くて、愛嬌があるなぁって笑顔になった。
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