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第69話 それぞれの

「はい? 何、言って」 「映画、出て欲しいんだ」  ナオってさ、いっつも笑顔でいっつも明るくて、いっつも楽しそう。だからこそ、いつだってダントツのナンバーワン。  けど、いっつも笑顔だから。いっつも明るいから。いっつも楽しそうだから。  きっとお芝居も上手だと思うんだ。  人間、そんな四六時中ニコニコなんてしないと思う。ダルい日だって、気分が乗らない日だって、必ずあるはずなのに、いつも、ナオは同じ笑顔をしてる。  そんなわけないもん。  きっとそれはデフォにしてる表情で、その内側には、雨模様の日だってあるはず。それを隠し通せる。  ダントツのナンバーワンをやり切れるだけの根性もある。演技力だってある。  でしょ?  いつも笑顔で明るくて楽しそうって、漫画の世界のスーパーヒーローじゃないんだからさ。そんな人いないでしょ。  あの仕事してていつも笑顔なんてこと、ないと思うよ。  溜め息一つもないなんて、ないと思うから。 「報酬はないけどっ」 「は?」 「けど、きっと、本当に楽しいよ」 「!」  倉庫の仕事は力仕事も多いし、一日中立ちっぱなしだから足もパンパンにむくむ。そのうち腰もバキバキになりそうだけど、でも、帰ったら野菜炒めとか食べたくなる。麻婆豆腐とかご飯の乗せてパクパク食べたくなる。お腹が減るんだ。  ちゃんとお腹が減る。  もう適当でいいや、ってならない。  食べて、力つけて、体力つけて、明日は配送増える曜日だから、踏ん張ってかないとってなる。  別にナオに力仕事して欲しいわけじゃない。  けど、もうお腹いっぱいって食べて、寝る。そんな日を過ごして欲しい。  身体を放り出すように寝て欲しい。  ぐっすり、すやすや。  そんで、翌朝、あーたくさん寝た! って、言いながら、起きて欲しい。 「顔出し嫌なら背中から撮るし」 「そんな映画ないでしょ」 「五分のショートだから。二時間背中はちょっと難しいけどさ」  たったの五分なら大丈夫。 「お願いします!」  虹って昼間は出ないんだよ。夕方に出るんだ。みんなは仕事を終えて、学校を終えて帰る頃。けど、夜職はそこからスタート。みんなが家路を急ぐ頃、家を出て、仕事を始める。  昨日はちょっとしんどいお客さんで身体が痛いけど、今日も頑張らなくちゃって主人公は溜め息混じりに起き上がる。誰にも見せることのない大きなあくびを一つして、疲れた身体の内側とは逆に、ピカピカツルツルに磨き上げた綺麗な素肌を日中の強い日差しに照らして。  いくつかあくびをしながら歯を磨く。シャワーを浴びて、身体の内側も綺麗に洗い終わったら、いい香りがするローションで肌を整える。  ゆっくりと綺麗な男娼に自分を作って磨いて仕立てていく。  部屋を出て仕事に向かう頃には起きた時とは見違えるほど綺麗になった自分を鏡の前で確認して。  行ってきます。  そう、誰もいない部屋に向かって、小さく呟いて。 「向かう途中で、虹を見つけるんだ」 「……」 「今日も頑張ろう、そう思いながら、その虹の方へと向かって、歩いてく、そんな映画」 「…………一つ、追加してもいい?」 「! いいっ! なんでもっ! 何?」 「やった、って……セリフ、足したい」 「! ……?」  前向きなことを言ってもらえて、ぴょんって気持ちが跳ね上がったけど、「やった」って? って、首を傾げた。  ナオはそんな俺の戸惑いに口をへの字に曲げて、頬を赤くした。 「さ、最近っ、リピートしてくれてるお客さんがすごくいい人でっ」 「……」 「ぜ、全然、普通の人なんだけど、なんか、セックスするとあったかいっていうか、ぁ、いや、そのなんかあったかいっていうと生々しい単語感あるけど」 「……」 「下手くそだけど、満たされるっていうか。その人とするの、が……だからっ」  その人の予約が名前の欄にあると「やった!」って思うと、いつもの夜職をしているとは思えないほど明るく話すナオの高らかな笑い声じゃなく、小さな声がそう呟いた。  ボソッと。  コソッと。  照れくさそうに。 「! うんっ、それ入れよう!」 「かっ、顔出しはなしっ! 俺もそろそろ仕事、辞めて探そうかなって思ってるからっ」 「そうなんだっ! わかった!」 「背中、とか、横顔とか……なら、まぁ」 「了解っ」 「……それと」  いつものナオじゃないみたい。 「知らなかった。映画撮るなんて」 「ぁ……うん」 「映画好きなのは知ってたけどさ」 「うん。そういう大学行ってたんだ」 「知らなかった」 「うん」  言ってなかった。だって、もうそれは今の自分のこれからには縁遠い話で、丸ごと過去で、それでいて懐かしむことができるほどには割り切れてなかったから。 「大学に戻ったの?」 「ううん。まさか。芝くん」 「……ぁ」 「高校の後輩だったんだ。芝くん」 「へぇ」 「それで、今、俺が言ってた大学に行ってて、夏休みの課題のショートフィルム制作に俺を参加させてくれて」 「すご」  うん。すごいよ。もう作ることはほとんど諦めかけてたのに。小さく、ろうそくの火よりも小さく、線香花火の最後の火の雫くらい小さく、か細い希望だったのに。 「マホのこと追いかけてきてくれたんだ」 「あっ! いや……まぁ……まぁ」 「っぷ、照れてんの?」 「ぜっ、全然」 「いや、照れてんじゃん」 「そっちこそ」 「俺はお客さんとキャストだから」  けど、そう言って、ふいっと顔を逸らしたナオは耳まで赤くてさ。 「よかったね」  口が自然とそう言っちゃうくらいに幸せそうな顔をしてた。

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